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※数珠丸さんの開眼姿妄想含みます

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 それはまるで刹那、世界が停止したかの様な。瞬く星灯りに似た。

しるべ

 この本丸には、山伏国広は二振り顕現されている。一振りは錬度が限界へ達し、悪癖とまで謳われた山篭り三昧の日々を送る。本丸の初太刀にして最高誉所有者の記録は打ち破られていない。
「先達殿!」
 軽やかに響く高下駄の音に、荷造りを解く巨躯の男が後ろを振り仰ぐ。とと、と止まりきれず先達と呼ばれた一振り目の厚い胸板に抱きとめられ、はにかみ笑んだのは後進である二振り目。錬度は本丸でも低く、顕現するまでに時間を有した彼は、まだ余り外を知らない。
「おかえりである!」
 たとえ根幹の同じ一振りであろうともすべて同じではなく、それぞれに個性があると分かってきた。この本丸では他にも個体差の大きい二振り目が多く、この後進の山伏も大分天真爛漫であるらしかった。双子というよりは兄弟に近い体格差で、先達は片腕で半身を抱えあげると大らかに笑う。
「息災のようだな」
「先達殿はますます力強くなられたようである!」
 無精髭にぼさぼさに伸びた髪の奥で、深緋の瞳が穏やかに細められる。鍛え上げられた腕や肩を憧れと尊敬の眼差しで見つめてはぺたぺたと触る山伏の頭を大きな手が撫でた。
「カカカ、此度の修行も実入りが大きかったぞ」
 先達は袖を捲くり力こぶを作ってみせる。筋肉が逞しく隆起した腕に彫られた迦楼羅炎は同じものである筈なのに、活き活きと赤く今にも燃え上がりそうに見えた。暫くがしがしと撫でられていた手が離れると、二振り目のずれた宝冠に白い花が差し込まれている。後進は感嘆の声を上げると大きく破顔した。
「良い匂いがするのである!」
「この花は木蓮という」
 上品な白紫色からふわりと濃厚な香りが漂う。木の下を通った際に落ちてきたものだと先達は告げ、土産だと付け加えた。演錬はおろか戦場も数えるほどしか経験の無い二振り目にとって、先達の持ち帰る木の実や花や、外の世界の話は心躍らせるには十分すぎた。未発達な打刀ほどの体躯で身軽に飛び跳ね、土産話をせがむ半身を優しく抱きとめると一振り目は辺りを見渡した。
「またすぐ出立なされるのであるか?」
「約束があってな。怪我の無いように、兄弟が嘆いておったぞ」
「兄弟は拙僧を弟のように扱うのである……」
 世話好きな堀川も案外面倒見の良い山姥切も、やんちゃが過ぎると手を焼いているようだ。先達はといえば審神者から山篭り時にと半ば強制的に持たせられた携帯端末で夜毎通話をしては弟刀らから小言を言われ、諌めようと思いはすれど弟分の可愛い笑顔に毒気を抜かれついつい甘やかしてしまうのだった。
「おまえもいずれ弟を、主殿を助け、本丸を守れるようになるのだぞ」
 幼子に言い聞かせるように宥めても、二振り目は無邪気に笑い抱きついてくるだけ。今はそれでよいか、と又甘やかしの面が出てしまい、わざとらしく咳払いをする。
「第二部隊は今の刻、稽古中か?」
「同田貫なら裏で昼寝してるである」
「こらこら、先達を呼び捨てするなと申したであろう?」
「同田貫は構ってくれぬからつまらんである」
 ふてくされる二振り目が自分と同じとはどうしても思えない、己にはここまで可愛げがあったろうか。刀であった頃の一年と人の身を得てからの一年では、随分と時の進みが違う様に感じられる。薄紅色の花びら散る春の終わりに出逢った元太刀と一振り目は既に情の契りを交わした仲であり、低錬度の刀剣らの稽古を一手に担う仏頂面を探してきょろきょろと辺りを見回しては、頬を膨らませたまま唸る後進を見てカラカラと笑った。
「では、拙僧はそろそろ出立せねば」
「健勝をお祈りするのである、先達殿!」
「カカカ……うむ! 行って参る」
 先達がす、と呼吸をすれば髪や無精髭が一瞬で整えられた。審神者の霊力の及ぶ本丸内では人の身の見目はある程度融通が利く。手入れで斬傷が消える様に本丸を出たときと変わりない姿の半身が太刀の、平時の快活な笑みと鮮やかな青碧を眩しく見上げながら後進の山伏は手を振り見送った。

 宝冠に挿した木蓮をそのままに、山伏はぶらぶらと本丸内を歩く。短刀や脇差は夜戦に忙しく、構ってくれる御手杵や獅子王をはじめとした連中は内番に駆り出され、兄弟刀は二人とも遠征。厨や厩に行こうものなら、危ないからと追い出されるのは目に見えていた。
「暇である……」
 ぷぅ、と吐息で宝冠を揺らし、中庭の桜の大木へ逆さにぶら下りながら独りごちる。
「……そのような格好でぶら下がっていては、危ないですよ」
「江雪殿!」
 ゆったりと響く低音に、五月の風に揺れる細やかな淡い青の髪が視界に入る。一緒に遊んでくれる獅子王らとは違うが、弟を持つ一期や江雪もまた山伏が懐く刀剣の一振りであった。散った桜も取り除かれた地面は降り立った山伏を柔らかく受け止め、駆け寄った太刀の手に引かれる影に気付くと首を傾げた。
「山伏殿」
「数珠丸殿も一緒であるか! 二人は何をしていたのだ?」
「主から借りた書を読んでいました。貴方は……鍛錬を?」
 数珠丸の絹糸を束ねるが如く流れる藍色の髪は夜空の様だった。瞳を閉ざし朗々と救世を説くこの天下五剣は山伏と錬度をほぼ同じとしており、時折戦場で隣に並び立ち共闘する横顔は凛として、繊細でありながらも勇ましい相貌が今はしかめられていた。どうやら眠気を我慢している状態らしい。
「拙僧は何か面白いことはないかと考え事をしていたのだ」
「そうでしたか。それは丁度良い……数珠丸殿、山伏殿と昼寝でもしたらいかがでしょう?」
「私は眠くありません。山伏殿と鍛錬がしたいです」
「数珠丸殿、眠そうである。無理は禁物だよ、であるぞ」
 堀川の口癖が移ったなと山伏が笑う。眼前に差し出された手をやや逡巡のち戸惑いがちに取ると、数珠丸は山伏の掌に己のそれを重ね合わせた。
「二人は仲良しですね」
「うむ!」
 薄く笑んだ江雪のしなやかな手が二振りの頭を優しく撫でた。今は居ない己の弟たちを思い出したのか、微かに溜息を吐く。暫く夜戦続きの小夜と宗三とは、すれ違う日々が続いている。
「江雪殿、寂しそうである」
「よければ一緒に行きませんか」
「ありがとうございます。お気持ちだけ、頂くとしましょう。さあ、お行きなさい」
 深く落ち着いた声色は愛でられる存在へ向け、優しく諭す響きでもって二振りに笑顔をもたらす。満ち足りた細やかな日常を、江雪は何より大切にしている。
「では共に瞑想するのである、行こう!」
「ええ。では江雪殿、また後程」
「江雪殿、今度拙僧にも書を読んでほしいのである!」
 ゆっくりと二度頷いた江雪は、そのまま走り去り小さくなる背に緩やかに手を振った。穏やかな微笑みを浮かべ、足音も無く書斎へと消えてゆく。眠くならない様、何か二人の興味をそそる本を探さねば。内番の合間に忙しくなりそうだと考える横顔には変わらず笑みが浮かんでいた。
「数珠丸殿は何の書を読んでいたのだ?」
「植物の本です。四季折々、色鮮やかに豊かな自然が広がっていました」
 膝を揃え正座する数珠丸に対し、山伏は胡坐を掻き寛げている。一瞬口を噤み、宝冠に添えられた白花へ細い指が遠慮がちに伸びた。
「木蓮ですね。良い香りです。良く、似合っておられる」
「先達殿から頂いたのである。数珠丸殿も似合うであろうな! 拙僧が付けようか?」
 ゆっくりと首を横に振り、よく日に焼けた肌を華奢な指が滑る。擽ったいとはにかむ貌を見つめたまま、唇が開かれた。
「この清浄な花は貴方にこそ相応しい」
 きょと、と鮮やかな緋が瞬くと、山伏はふわりと微笑んだ。恥じらいながら照れ隠しにかか、と上げた声は掠れており、どこからか薄紅の花弁が舞った。
「っ数珠丸殿は、お天道様の匂いがするのである」
 近付いた数珠丸の束ねた髪が揺れ、すんと匂いを嗅いだ山伏が呟く。言われた数珠丸は分からないと首を傾げ、二振りの膝が触れあい衣擦れの音が響いた。
「現世には沢山の美しいものがあるのでしょうね」
「見たことも無いようなものがたくさんであろうなぁ」
 秘密を共有している様に、額をくっ付け囁き合う。
「いつか練度を上げて強くなったら、山伏殿、一緒に旅をしましょう」
「旅、であるか?」
「ええ」
「旅……良いであるなぁ……ふふ、拙僧は外を知らぬから、余り役には立てぬかもしれないな」
 眉尻を下げ弱々しく笑う山伏の唇へ、何かが触れる。何時の間にか手袋が外され、長い指が添えられており。
「今度二人で行きましょう。美しい山の木々や、咲き誇る花や、広い海を。この目で見ましょう。一緒に。約束です」
 余りにも自然に、最初からそうであった様に、淡く煌めく紫苑の双眸が在った。一瞬世界が止まり、切り取られた絵画の中で佇む、美しき藤の瞳。鋭くもそれでいて慈しむ為の、暖かな光、導だと思えた。
「うむ、約束である……」
 山伏は微睡む意識の中で見た幻なのかもしれない、と微か思う。暖かく穏やかな心地に意識ごと横たえ、確かな温もりに安心しながら、程なくして眠りに落ちた。寄りかかる身を大事そうに横たえ、数珠丸も傍らで静かに、瞳を閉じる。心地良い拍動がトクトク、子守歌の様にいざなう。二人寄り添い見る夢は同じである様に、祈りながら。その日、世界を夢見たのだろう。

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