蝶を飼う
唐突に意識が覚醒する。視界は暗く、僅かに開いた障子戸から仄かに月明かりが差し込んでおり、未だ夜半である事が分かる。山姥切はむくりと起き上がると、ふと隣を見る。
「起こしたか」
「気にするな。……どうした、眠れぬのか?」
兄刀である山伏とは同室であった。必要以上に他人と距離を置きたがる山姥切は兄の来るまで審神者の閨の隣、近侍の待機部屋で休眠を取っていたが、本丸に集う刀剣の数も増え、改めて部屋の編成を組み替えた所、いつの間に兄弟同室にされていた。兄は勝手な取り決めにも嘘偽りなく喜び、芯の強い瞳を細め、主殿の好意痛み入る、と審神者に深く頭を下げたのだった。
「偶々覚めただけだ」
「そうか、ならばよい」
「……厠に行ってくる」
目弾きを拭い落とし、濃紺の寝間着を纏う兄をちらりと見る。寝起きの瞳に常のような覇気は幾分鳴りを潜め、隙が窺えた。深く眠る兄こそ滅多に夜中に起きる等無いという言葉は喉を突いて出ることはなかった。
「応」
頬に触れる指に、動きを止める。柔らかに微笑む兄は普段より幼い印象を受けた。金糸をする、と梳かれ、其の儘離れていく。
「……」
山姥切はおざなりに何時もの襤褸を目深に被り、障子戸を開け放つ。初夏にしては生温い風が纏わり付く。脳裏に焼き付く兄の肌蹴た寝間着姿を、闇に在り尚色香を放つ赤い目を、頭を振り煩悩を振り払う。後に残ったのは、幽かな違和感。頬に触れた兄の指先は、あんなに冷たい事が終ぞあったであろうか。
滑るように廊下を歩く。今宵は満月で、照らされた中庭は先日咲いたばかりの柘榴の花が見えた。赤く色付く其の花は、見覚えがあった。
「……兄弟」
嘆息する。兄に懸想を募らせ、数週間前に玉砕覚悟で告げた後。色々ありつつも、山姥切は兄と関係を保ち続けていた。普段では想像もつかない程の表情で艶めかしく乱れる兄が、昂ぶりを押し殺し声を抑えるいじらしさが、どうしようもなく愛おしい。其れも自分の手でとなると格別で、人の身の儘成らなさを厭というほど痛感する。其れでも、肉体を得て良かったと、温もりを感じる度強く思えた。
見上げる月は変わらず其処に輝き続けている。青白く照らされ、足元の影が伸びる。視線を向け、自室の障子戸が開け放たれているのが見えた。しまった、開けっ放しで出てしまっていたようだ。山姥切は足を速めた。きし、と床が鳴る。
「……」
中を窺う。花浅葱が見えた。どうやら寝ているようだ。足音を立てぬように自分の布団へ歩き、押し殺した吐息を聞いた。
「きょう、だい」
寝言だろうか。眉根を寄せ、苦しそうに喘ぐ山伏の頬に手を寄せる。酷く凍えていた。
「きょ、う……だい」
「何だ。……苦しいのか、兄弟?」
意味も無いと知りつつも返事を返す。案外柔らかな髪に指を潜らせ、汗の滲む額に口を寄せる。
「ん、」
「……」
汗にしっとりと濡れた髪を額から払う。再び穏やかに寝息を立て始めた兄の寝顔に満足すると、山姥切も床に身を横たえた。明日は自分も遠征があり、兄も内番があった筈だ。もう寝てしまおう。
結局その夜は山姥切も深く寝入り、翌朝を迎えた。
おかしいと感じたのは直ぐだった。外はすっかり日が昇っており、鳥の囀りが耳に心地良い。寝起きの良くない山姥切は、日の出前に起床し朝の鍛錬を終えた山伏が朝餉を告げに来るまで寝ているのが日常で、しかし其れが無い。重たい瞼を擦り視線を向ければ、何と兄の布団は未だ敷かれ、花浅葱の髪が見えるではないか。
「?!」
思わず布団を蹴り上げ反動で飛び起きる。どうしたのだろうか、昨夜から兄の様子がおかしい。疲労が溜まっているのだろうか。すっかり日は昇り、遠くで誰かの声が聞こえる時刻である。
「兄弟……?」
背を向け眠る兄刀へ声を掛ける。数瞬後、兄は音も無くゆっくりと起き上がり、此方を振り返る。
「……」
口を開け、息を吐く。山姥切は静かに兄の様子を窺っていた。山伏は何事か考える仕草をした後、もう一度息を吐いた。
「……!」
突如山伏が、山姥切に飛び掛かって来る。驚愕の表情を浮かべたまま、敷布団に躰を倒され、緑青の瞳を瞬いた。
「……兄弟? どうしたんだ」
「……!」
伸し掛かる兄の朱殷は戸惑いに揺れていた。震える手で腕を取られ、首筋に添えられる。
「……、……!」
首を振り、歪められた双眸を見据え、そして山姥切は気付く。
「声、が……出ない、のか?」
山伏は頷くと、瞳を伏せる。髪より濃い色の睫毛が、僅かに濡れていた。
「兄弟、苦しいのか。痛いのか?」
弱々しく首が振られる。触れていた首から手を放し、そして山姥切は見てしまった。兄の首筋に刻まれた、痛々しい、赤い手痕を。明らかに其れは、異常であった。
「落ち着け、兄弟。審神者の所に行こう、俺も付いて行くから」
「……、」
「立てるか?」
頷いた山伏は、其の儘項垂れた。伸し掛かる重量が増し、兄が気を失ったと気付くのに時間を要した。熱い息を吐きながらも、躰は痛く凍えている。尋常でない事態に、山姥切は絶叫した。
「霊力の乱れを感じる。原因は分からず、対処法も見当が付かない」
常日頃冷静な審神者の声が、残酷に響く。手入れも意味も無く、小刻みに痙攣を繰り返す山伏を只呆然と見つめるしかない山姥切は、襤褸の奥で歯を噛み締めた。
「弱っているようだね、このままだと危ない」
「俺達の主だろう、兄弟が、苦しんでいるんだ……! 早く、」
真剣な顔付きで、石切丸が重々しく呟く。
「山姥切君、主だって何とかしたいと思っているさ。ね、そうだろ?」
「無論だ」
「ならば……!」
「……本丸に悪霊なんぞが侵入出来ぬ筈だったが、しかしこの痕は霊障の類だ」
「何を暢気に……兄弟は今だって、」
「口論していては何の解決にもならんぞ」
冷酷ささえ滲ませて、審神者が言い放つ。実際正論であり、至極当たり前だ。審神者は山伏の本体を存外丁寧に鞘から抜き放つ。美しい鋼は今やどす黒い何か、影に覆われ、異様な雰囲気を纏わせていた。
「ッ……これは」
石切丸が目を顰める。異質な何者かが本丸へ侵入したのは明白であった。室内の気温が凍える気さえした。空気が澱み、息苦しい。
「一先ず結界を張るべきだよ、これ以上彼の核自体を侵されないように」
「そうだな。山姥切、構わんか?」
「……何故、俺に聞く」
放り付いた喉からは地を這う様な声が出た。苦しむ兄に何も出来ず、いっそ逃げ出してしまいそうなのを堪えていた。
「お前の兄だろう、辛いなら休んでいてもいいんだぞ」
「厭だ。傍に居る」
「そうだろうとも。石切丸、準備を」
「任せてくれ」
「……」
審神者は冷静に、的確に指示をした。本体の刀身は半分ほど影が纏わり付いていたが、それ以上進む事は無く、山伏も一旦落ち着いた様に見えた。その日山姥切は片時も兄の傍を離れず、他の刀剣が気味悪がって近寄ろうともしない山伏に寄り添った。
「兄弟、眼を開けてくれ……其の声を聴かせてくれ、其の眼で俺を見てくれ」
縋る様に、冷たい体を抱き締める。心臓が、意識の核……魂の様なものが悲鳴を上げる。苦しかった。感じる筈の無い痛みで体が罅割れそうだった。暗闇に在って尚、標となってくれた兄を、見失い其の儘二度と亡くしてしまいそうで、息を殺し山姥切は泣いた。
何時の間にか、眠っていた。掴んでいた物を引き寄せ、山姥切は唐突に覚醒した。
「きょうだい」
居ない。兄弟が居ない。衰弱しきった兄が何処かへ移動出来る筈がない。
「きょうだい、どこだ、きょう、だい」
芯から凍えた様に、声は震えていた。月明かりの差し込む室内をゆっくりと見渡す。何の気配もない。恐ろしかった、ただ、消滅してしまったのかと、自分を置いて、逝ってしまうのかと、視線だけを動かした。
「山姥切、」
突然開けられた障子に弾かれたように振り返る。審神者が立っている其の表情は分からない。が。声は狼狽していた。闇が、瞬く脳裏に焼け付いて視界を邪魔する。
「山伏の刀が無い」
「 」
気付けば山姥切は、主である審神者に掴み掛かっていた。
「っ違う、常に傍に在った、それなのに、何の気配もせず、突然消えていた」
「何が違うだ! 兄弟を……何処へやった!」
「恐らく山伏だ。悪しき気配ならば気付いた。侵蝕されたか、それとも、」
げほ、と審神者が咳き込み、見開いていた眼を揺るがせ、山姥切は手を離した。
「俺は……主に、何て事を」
「それとも、山伏は隙を見せたことに恥じたのかもしれん。あれはそういう性格だ」
「……兄弟は、何処に」
「あの状態で本丸を出るなんてやばいぞ、早く連れ戻さないと、」
審神者がふいに言葉を噤む。気遣ったのだろうが、山姥切は其れだけで全てを理解してしまった。俯いたまま、山姥切は震えていた。
「気配は」
「断定は出来ないがそう離れてはいない。堀川に捜索を頼んでいる」
「俺もゆく」
「待て」
射抜く様に緑青が審神者を睨み上げる。噛み合わせた歯が奇妙に鳴る。
「お前にだけは言っておこうと思ってな。……応急処置、とでも思ってくれ」
審神者が悲痛に顔を歪め説明したのは驚くべき事だった。それよりも山姥切は、無表情以外に審神者も表情があったのかと驚愕した。必ず見つけてくれと告げた主の声は、確かに真摯で、暗闇を駆ける山姥切は幽かな兄の気配を追い、風よりも早く山を駆け昇る。
「……きょうだい」
霧が濃かった。呼び掛けた声は震えていて、響きもせず闇に掻き消えた。其れでも呼ばれた刀はゆっくりと顔を此方に向けた。
「……!」
躰を奔る焔の赤とは違う、赤黒い手痕は、首筋にだけではなく、両腕と目許を醜く覆い尽くしている。高下駄を脱ぎ棄てた足元に転がる本体は、今や黒い影に侵されていた。
「兄弟、帰ろう」
震える脚を叱咤し、鳴る歯を押し込めて、山姥切が囁く。山伏は、力なく首を横に振るだけで、其の場から動かない。一歩踏み出した後、己を見る視線が的外れな方向を見据えていることに気付き、躰が硬直する。
「ま、さか 眼が、」
何故。何故、兄がこんな目に。山姥切の思考が埋め尽くされる。だらりと下がった儘の腕が何故己の本体を拾わぬのか、光の失せた赤黒い瞳が何故澱んでいるのか、山姥切は理解を拒んだ。
「兄弟、兄弟……俺を、拒絶しないで くれ」
泣き出してしまいそうな、癇癪を起こした稚児の様に、縋りついた。
「あんたは 俺を置いて逝かないでくれ 兄弟」
地べたに座り込んだ兄弟刀を、兄は唇で弟の髪に触れ、瞼に触れ、唇を啄ばんだ。触れられた箇所が、唇だけは、凍えた心を溶かすように熱かった。
「兄弟、抱かせてほしい」
焦点の合わない瞳はしかし、伏せられる事は無かった。
「俺の霊力を、あんたに注ぐ事で……一時的な処置になるかも知れない」
霊力。写しである己にあるか分からないものを、とは審神者に言えなかった。譬え己の身を保てず消滅しようとも、此の刀が在り続けられるのならば。心すら捧げよう。静かに囁く声は祝りに似て、山伏の内に優しく広がる。安心しきった微笑みで、応えるように口を塞いだ。
纏っていた襤褸の上に躰を横たえ、山伏は大人しく弟の愛撫を受けた。神聖な儀式にも似たそれは、衰弱し切った躰には刺激が強かったが、薄い唇に躰中を優しく食まれ、次第に快感を拾い始める。
「兄弟……」
投げ出された儘の両手に、指を絡ませる。舌を這わせ、腋を通り、胸の頂を吸い上げる。はくはくと浅く呼吸を繰り返す山伏を見上げ、震える胸に頬を摺り寄せた。
「痛いか……?」
「、……!」
「泣いている、苦しいか」
「、!」
ゆるゆると首を振り、腰を揺らす。余りに淫靡な誘いに意識が飛び掛けるが、目尻に溜まった涙を舌で掬い上げ、口を使い帯を解く。既に肌蹴ていた躰が完全に露わになる。褌は穿いて居らず、中心は既に半分程勃ち上がっていた。
「深く呼吸しろ、抑えるな」
手を繋いだまま、兄を銜えた。鍛え上げられた腹筋がひくつくのを見上げ、殊更にゆっくりと、丁寧に吸い上げる。開きっぱなしの口からも竿の頂からも涎を垂らす、及び腰の兄に合わせ強弱をつけ舐る。
「脚を上げろ、苦しくない程度でいい」
不安げに揺れる己の見えぬ瞳を、じっと見上げる。恐る恐る上げられた両足を肩に引っ掛け、一旦絡めた指を離す。
「力を抜け」
細いとは言え、其れでも質量のある指を丹念に濡らし、窄まりに添える。硬直してしまった一儀に慣れぬ兄に、知らず笑えば気配でばれたのか、足で頭を小突かれた。
「痛いぞ兄弟」
「……、」
「分かった、俺が悪かった。これでいいか?」
意地らしくもふいと顔を逸らした兄に、微かに笑うと、其れもばれていろうがもう山伏は動きを止めた。只、与えられる刺激に順応しようと深く息を吐いている。伏せられた目が、喰いしばった口が震えていて、山姥切は大丈夫だ、と囁く。其れだけで、兄は美しく微笑みを浮かべる。そうだ。己の兄は、此の刀は確かに美しい。月明かりだけの乏しい視界にも、例え戦場で血や泥に塗れようとも、此の穢れ無き刀は紛れも無く其処に凛と存在する。
而して、深く息を吐いた瞬間に、指を刺し入れた。躰を強張らせ、息を止めた兄を安心させるように、抱え上げた内腿に口付ける。緩く吸い上げ、内壁を傷付けぬよう抜き差しし、残りの指で回りを柔く圧す。異物感に何とも妙な表情をされ、もう片方の手で竿を扱いてやる。直ぐに先走りが溢れ、中の指は奥へ奥へ飲み込まれ根元まで銜えられてしまう。
徐々に中を抉る強さと数を増やし、彫物の及ばない内腿に赤い痕が溢れた頃、指を引き抜いた。
既に蕩け切った菊座は荒い呼吸に合わせ妖しく蠢き、張り詰めた竿は揺れる腰に合わせ光を照り返していた。山姥切は衣服を身に着けた儘だったが、己の怒張に弱々しく当たる兄の竿は言葉よりも多くを物語っていた。
「ッ俺だって、これでも我慢しているんだ……」
強い光を帯びた緑青が細められる。痛いくらいに存在を主張する己を、下穿きごと下ろす。
「兄弟、挿れる、ぞ」
「、……、」
乱暴に自身を数回扱き、もう一度、力を抜け、と囁くと、反り返った怒張を兄に埋めた。打ち込まれた楔は、誘われる様にすんなりと根元まで入ってしまう。
「ッ!!」
「っ、く、!」
抱えられた足を引き攣らせ、息を詰まらせ、山伏は大きく仰け反った。喰い千切らんばかりに締め付ける内壁への刺激を一旦諦め、山姥切は再び兄の手に指を絡ませ、浮き出た喉仏を舐る。舌越しに震えを感じたが、苦しそうに息が吐かれるのみで、音を成さない。それでも、蠢く内壁が若干の緩急を付け出したのを確認し、ゆっくりと腰を振る。
数度の交わりの際、爪の傷付くほど畳を掻き毟っていた山伏を思い出す。痛みと快感の波に綯い交ぜになった意識は、今は使えない両腕ではなく、只管首を振り両足を引き攣らせ波に抗っていた。
「っ、あ゛、!」
「!」
互いに動きが止まる。微かだが、確かに聞こえた兄の声に、山姥切は見上げた兄の首筋の痕が薄れていくのを見た。
「兄弟、声、が」
「あ、っは、ぐッ!」
「駄目だ、抑え、るな。誰もいない、俺と、兄弟だけだ……」
「厭だッ! く、ふっ……ぎ、」
視線が合った。快楽に熔けた、美しい赤が、涙で揺れる赤が、己を見上げていた。がちがちと合わさる歯は懸命に声を抑えようと哀れに鳴り、そして繋げた指を握り返す感触を確かに、感じた。
「あ、あっ、きょ、だ、ぁ! こわ、あぁ……!」
「俺はここにいる、見えるだ、ろう、兄弟」
「ひ、ぃあ、や、いやだ、だめ」
「俺はあんたとなら、一つになって融けても良い」
「ぅあ、っんば……、り!」
びくつく指が離れ、山姥切を掻き抱く。山伏の膝と肩が合わさる程腰を深く落とし、全身を赤く染めた兄の唯一青い髪へ触れる。
「やまぶし、」
「ッ、ふぁ、あ……あ!」
見開かれた血の赤を、間近で見た。吐き出される全てを手に入れたくて、息をも奪う。くぐもった声を、自身を最奥で優しく啄ばむ内壁を、突き立てられる爪の痛みすら、苛烈な快感となって全身を駆け巡る。
「すきだ、」
混濁する意識の微睡みの中、応える愛しい声を聴いた気がした。
山姥切が目覚めると、山伏はすっかり回復していた。自分で身を清めたと言った其の顔は何時もの精悍さが朝日に照らされ、酷く神々しさを窺えた。
「あれは一体何だったんだ」
「拙僧にも分からぬ。主の力の及ばぬとは、斯様に強大だったのであろうな」
物の怪の類か、はたまた。
「神のなれの果て……」
ざわり、と山が軋んだ。生温い風に、山伏が顔を顰めた。
「兄弟。軽率な物言いは控えよ。神は、神であるぞ」
驚くほど静かな兄の声は、戦場での其れの様に研ぎ澄まされた響きを持って届く。
「我らも神の端くれ故」
元通り、昨晩の翳り等一切見られない鋼を鞘に納め、帰還しようぞ、と兄が告げる。
「兄弟、兄弟こそ……拙僧を置いて、逝くなよ」
目弾きの無い双眸が細められ、眼前に手を伸ばされる。吹き抜ける風が花浅葱を掬うのを見上げ、重ねた指は暖かかった。