あの日の俺に、傍らのそいつが俺の一等だいじなものになると教えたら、きっと死ぬほど吃驚されるんだろうな。
俺に夢中になっちまえよ
「――……どうよ、この力あふれる新たな姿。まさに質実剛健、ってな」
審神者の清涼な霊力に満ちた次元へ帰陣するのは、一体いつぶりだろうか。錯覚ではなく最早懐かしさすら伺えた匂いの先。霊力の根幹、その傍らへ並び立つ、忘れる筈のない面影を捉える。
「おかえりなさい、同田貫さん!」
屈託のない表情の主人が、パタパタと駆けてくる。あからさまにほっとした顔は、こちらの時間でいうと三日間だけ離れていたようには思えない――義務らしい手紙に、そういやあ色々と書いたっけ。何せ同田貫を所有した様々な時代の人間を見てきたのだから、少なく見積もってもざっと二、三世紀分くらいか。
無名の侍もいた、持っただけで満足した奴も、でたらめの逸話なんかもあった。――その全てが、集合体としての付喪神“同田貫正国”を像作るわけだ。
「おう。帰ったぜ。俺は更に強くなる」
しっかりと頷く少年に付き従うように半歩後から同田貫を見つめる太刀――山伏国広の相貌は、微かに憂いを帯びていた。
早速出陣を、と願い出たが主人はまだ鍛冶場で用事があると部屋を追い出されてしまう。暇を持て余すように運ぶ足はゆっくりと、変わらぬ本丸の懐かしい顔ぶれへ声をかけて回る。
「全部! 途方もない話だなぁ」
「骨が折れるってやつだ。なんだかここも久しぶりだぜ」
いくつ季が巡ったか、修行中にあり目まぐるしく時代を巡る中ではただ過ぎ去るのみだった。しかし眼前に広がる景色は鮮やかで、そよぐ風の色も今では眩く、遠くから響く鳥の囀りへ耳を傾ける。
ちょうどいいから休憩だと寝っ転がる御手杵が、先程摘んだらしい彩り豊かな野菜籠に一際赤々と光る赤茄子は、ちょうど去年の夏、あいつと食べたのを思い出す。
「後で打ち合いしてくれよ、最近内番が忙しくてさぁ」
別の筋肉がついちまう、とぼやく相方へ団扇で申し訳程度の風を送ってやり、麦茶の結露した硝子を煽る。梅酒漬けにした余りの梅の実が入っており、ほのかな酸味は熱を溜め込む躰に心地よい。
今年は厨房班と合同で、昨年末の新入りと梅干しを大量に作っていた――男手のいるそういった作業には、よく二振りで駆り出された。視界の端ではためくシーツだって、梅雨時は束の間の晴天にせかせかと川を白く染める勢いで洗濯を――水を吸った重たいシーツはトレーニングになるとか言っていたな……。
「……はあ」
「どしたぁ? ……ああ、遠征往っちまったもんなぁ」
「……なんも言ってねえよ」
「はは、分かりやすいもん」
ソワソワしてる、と図星をつかれ、暢気に笑う顔を団扇で叩けば、痛くもないだろうに大袈裟にイテェと抗議される。顔が熱いのは暑さのせいだ、そうに違いない。
「もうそろそろ帰って来るだろ、一刻なんてすぐさ」
気の抜ける声調にこちらのいじける気すら削がれてしまう。揺れる葉が影を落とした横顔は楽しげな色が浮かんでいた。
先の政府からの通達により修行を終えた短刀らに混じり、同田貫は読み上げられる刀剣の中に己を探す。練度は当然ながら自分が一番浅く、数月前に帰還した包丁藤四郎に続き、最後の刀剣の名が近侍から告げられた――打刀、同田貫正国。
「っへへ、他のやつらの出番まで奪っちまうかもなあ」
特よりも自信に満ちた頼れる短刀達に迎えられながら、次いで刀装を渡される。三つの黄金の玉の中で、投石兵達は小さい妖精の姿でやる気に溢れ跳ねていた。
漸く戦さ場へ、自分の本分を果たせる場所へ。沸々と湧き上がる高揚感に、自然と口角が上がる。張り詰めてゆく空気ごと、大きく息を吸い込んだ。
「では、行って参ります」
部隊長の平野が慇懃に礼をして、開かれた時空の扉へ飛び込む。小柄な背が続くのを横目で捉え、近侍を仰ぎ見た。手元の編成表を見下ろしていた顔が、ふとこちらへ向く。
「――おい」
「なんだよ?」
相変わらずやたら通りの良い声は鳴りを潜め、時に戦場で鋭く、閨中でだけ甘く蕩ける濃紅の瞳が、にわかに細められる。先程と同じ、なにかを憂うような。
「……否」
やがて逸らされる眼は翳り、何事か呟くつもりの口は閉ざされてしまう。本心は被る宝冠のように隠され、風に吹かれて見失う。
同じ気持ちだと思っていた。想いを通じ合い、躰を、魂を繋げた夜から、片時も傍を離れず同じ道を見つめていたと――たとえ己が先に極へと至る修行に旅立つことになっても、どんなに物理的、次元を隔てた距離があったとしても、魂は響き合い互いを感じられると。
今はただ、あいつがわからない。俺はそれほどまでに、あいつとはなれてしまったのだろうか。
今宵は満月か。かわらけに映り揺れる金色を、己の黄金に宿しながら、同田貫は宴席から一人離れ、濡縁に腰掛け誉酒を呷る。肴は太刀魚の刺身と赤茄子の酢漬け、余りものらしいのだがこれがまた美味い。厨連中の料理に舌鼓を打つのもえらい久方ぶりだ。腹に入れちまえば同じだが、どうせならうまい方がいい。
審神者を含めた皆はどうやら気を遣ってくれたらしい。戦働きを褒められても上の空な同田貫を、好奇心の強い刀剣らも遠巻きに眺めるだけだったのも根回しが利いていたのだろう。現に笑い声は遠く、一足早く秋の虫が奏でる音が耳に心地よい。
鮮やかな夏空の髪を、気付けば探している。――成果は、ゼロに等しかった。
求めているときは、得てして視野が狭く見逃してしまいがちだ。そして、もう諦めかけた時なんかに、ひょっこりと姿を現したりする。
「――ここに居ったのか」
潜められた声は、待ち焦がれていたにしてはやけにすっと耳へ届く。情人はまるで組木細工めいてすっぽりと、当たり前のように隣へ寄り添い腰掛けるも、嵌まらない視線に首を傾げた。
「如何した」
「……ンで避けてたんだよ」
「思い違いだ」
「……そう見えたんだ」
相済まぬ、とあっけらかんと言い放つ山伏が逡巡、後距離を詰める。太腿の上で固く作った拳へ温もりが添えられた。
次いで視界に飛び込んできたのは太陽。否、大輪に例えられる大きな向日葵の花だった。ギョッとして視線を向ければ、帰還して以来ようやっとしっかりと目線が交わる。
何より鮮やかな、紅蓮の赫。まるで月夜の元で凛と咲く花のような……いやに似合わない比喩だ、ちと酒を飲みすぎちまったか。
「……向日葵?」
「遠征先で見つけてな、すまぬと思いながらも余分に持ち帰ってきたのだ」
見事であろうと綻んでは、山伏は悪戯めいて人差し指を口元へ押し付けた。
「ひみつであるぞ?」
「……」
当たり前だろう、とらしくなく上擦る声を悟られたくなくて、含んだ酒を飲み込まないまま唇を合わせる。勢いに任せた割に待ち構えていた山伏が同田貫を招き入れ、酒が薄まるまで舌を絡め合った。
「――なあ、」
舌先の痺れも治まるのを待てずに引き寄せた腰を、やんわりと大きな手が制す。
「明日も出陣であろう?」
誘い文句の一つも言わせないつもりか。より強く力を込め、挑戦的に見上げ囁く。
「物欲しそうな眼でよく言うぜ」
この太刀の瞳は時に、滔々と紡がれる低音よりも雄弁に語ることを知っている。現にとろりと熱を孕んだ眼差しが、金月へ釘付けとなっていた。駆け引きの勝者が、分かりやすく手綱を握る。
しかし盛る獣を安易に突っぱねるだけでは煽るだけど学習したらしい。若干の痞えとともに吐き出された言葉は、同田貫に堪えた。
「っ駄目である……一発抜いてやるから、今宵は収められい」
「は、ハア? い、やだ! 俺がどんだけ……俺はっ……く、くそっ勝負しろ!」
「何故そうなる……」
怪訝に寄る眉根、呆れ吐かれる溜息。ただあしらう程山伏も情の薄くないようで、宥め賺すためだろう口吸いにうっかり絆されかける。
「ん……部隊は離れても、こうして顔を合わせられよう?」
「う、っうるせー! ここまできちまったんだから、もう後戻り出来ねエ、ヤらせろ」
「……だめだ。明朝に差し支える」
肩を押す手の熱さを、山伏も分かっているだろうに。焦るばかりで口も頭も回らない。
「っあんたはせいぜい三日ぶりだろうがなア……俺は何世紀分も飛ばされまくって、俺を使った人間全部の一生を見届けて来たんだぞ」
目まぐるしく情勢の変化する激動の時代。平和と惰眠を貪る大衆娯楽の中の創作。鉄の弾と硝煙昇る戦場に取って代わられ、奪われ溶かされた同胞たち。“美術品”として評価されるしかない、なまくら同然の――。
同田貫にとっての己の価値を、時に肯定され、時に否定された。
だが、自ら望んで自身を選び取った者たちは皆、一様に『同田貫』という刀に価値を見出していた。それだけは確かだ。
そしてこの依り代を使う今生の主は、己を選び取り戦さ場へ、修行の旅へ指し示してくれた。であれば、さらなる強さをもって応えてみせよう。
そうして同田貫は、己を極めるための修行を終えた。
「――俺は今、あんたが欲しい、今日じゃなきゃ嫌だ……なあ、頼むよ」
本丸で過ごした以上の月日を離れていても、忘れることのなかった匂いを吸い込む。
今や全身で、眼前の太刀を欲していた。必要とされ満たされた心の、たったひとつ埋まることのなかった[[rb:空 > うろ]]が、燃え広がるようにぽっかりと大穴を開けている。情欲に負けめちゃくちゃに抱き潰してしまう前に、そっと伸ばした手へと、山伏は頬を擦り寄せた。――深緋が緩やかな弧を描く。
「……あくまで退かぬのだな」
ではこうしよう。指先を緩く食まれ、儘手を引かれる。後ろ手に襖を閉めると同時にゴクリと鳴る喉を、熱い吐息が撫でてゆく。
「勝負と言ったな。互いを刺激しあい、先に気を遣った方が言うことを聞く……よかろう?」
「望むところだ」
遊びだろうがなんだろうが、勝負事に関しては負けん気が強い同田貫は二つ返事で申し出を受けた。ギラ付き鈍く光を発する双眸を見据え、山伏は片目を眇め伝う汗を舐め取る。
「覚悟しとけ……強くなったのは力だけじゃねえぜ」
「負けた時を考えて物を言え」
「どっちが」
おかしな勝負だったが、既にどちらとも臨戦態勢だった。山伏が勝てば先の発言通り一発抜いて問答無用で寝かせられるだろう。冗談じゃない。お預けを食らうなんて真っ平御免だ。
「そう言いつつ、勃ってんじゃねえか」
下穿きを押し上げる屹立を撫で上げる。息を詰まらせるも、山伏も負けじと同田貫の洋袴を褌ごといとも簡単に寛げ、半勃ちの陰茎を露出させた。
熱を持て余して、利害の一致から扱き合いをした晩を思い出す。あの時は恋仲になるなど考えてもみなかった。時折肩を揺らし、腰を浮かせながらも抜き身を両手で愛撫する山伏をじっと見上げる。
「……くっ……」
「いつも、より……溜まっておる、よう、だな」
滲む粘りを指先に、同田貫へ絡ませながら、淫蕩に笑む視線を寄せてくる。自分で慰めるよりずっと弱点を熟知されている気がするのは、喜ぶべきか、堪え性のないと嘆くべきか。
まだまだ余裕そうな山伏に、せめてもの抵抗で括れを握り込む。痛いぞ、と涼しい顔で言われてしまった。この修行馬鹿、性欲すら鎮める荒行でもしているんじゃないか。明瞭たる「意図」をもって刺激される以上、能うのならば反応してしまうのは至極当たり前のことだというのに。
「出せば楽になるぞ、ほらっ……我慢はっ良く、ない……っ」
「くぅっ、そ、こンのっ……!」
既に意地の張り合いと、双方動きを早める。――そういや、こいつのしゃぶったコトなかったな……。なんとはなしにそう頭に浮かんだ、次の瞬間には同田貫は蹲って、山伏の股座に顔を寄せていた。
「っ? 同田ぬっ……――」
「あーー」
濃い山伏の匂い。呆気に取られ見下ろす太刀の、赤い瞳が揺らぐ。果たして、体格に見合った山伏自身を口に咥え込んだ。
「はひゃっ!?」
生臭く塩辛い、お世辞にも美味いなどと言えない味が口いっぱいに広がる。あまりに想定外だったのか、山伏は素っ頓狂な声を上げ固まってしまった。動きの止まったのをいいことに、同田貫は頬張ったまま扱く手を速める。滲む先走りの量に、何だかんだ言いつつも反応していると分かり、赤らむ顔を見上げながら薄く笑った。
「なんら、いひほーか?」
「馬鹿しゃべるなっ……く、っぅ……んんっ」
悪態をつく声は上擦って、寄る眉根に紅蓮は色の乗り余裕がないと如実に語る。もう少し。負かせられれば、常禁欲的で良き近侍然とした顔が、匂い立つ欲に塗れ縋ってくる様が見られるだろうーー。口を窄め竿を舐る同田貫は、焦燥する山伏の動きを見逃した。刹那、思い切り躰を突き飛ばされ尻餅を着く。
「! 痛ってえな」
「ッ……」
後ろ向きに乗り上げてきた太刀に最早余裕は見られなかった。息を荒らげ、同田貫の自身を上から圧迫するように尻で押さえつけ、そのままゆっくりと腰を動かし始める。所謂尻コキって奴だ。
「うあ……ッ!」
「ほらっ……さっさとっ、気を遣ってしまえ!」
固い尻たぶはしかし恋人の積極的な愛撫と思えば興奮もするだろう。付き合い始める前にはまるで生娘のように恥じらうばかりで、口吸いはおろか手を触れ合うだけで真っ赤になっていたのが遠い昔のようだーー実際、己は百年以上本丸を開けた訳だが。
なりふり構っていられない、といったところか。割かし頑固で融通がきかないと思っていたが、ここまで意固地になる理由が「恋人を寝かしつけるため」なのが面白い。
「あんたっどんなかっこしてるか分かってっか……?」
「んっ、ん、うぁっ……し、るかっ……黙って、さっさとイけ!」
息を上げ、上気し赤い肌を焔が揺らめく。跳ねる腰は踊るように艶めかしく、雄を悦ばせるための動きを、仕草を媚びているのだ。普段の禁欲的な面しか知らない奴らが見たらさぞかし驚くことだろう。……見せる気はないが。
しかしながらこちらも負けるわけにはいかない。切迫しつつも寸前で抗い、手を伸ばした。片手を押さえ付け意識を逸らし、逆の手で尻の窪み――陰扉を探り当て抉じ開けた。
「ヒッあ゛……! 反そっーーんあああぁっ!」
ビクン! と背が反る。突き立てた指を誘うように蠕動し、山伏の躰は大きくたわんでゆっくりと弛緩していった。
「……イッたな? イッたよな?」
「ッうぅ……」
振り返り恨めしげに睨む赤い眼は潤んで蕩けていた。淫肉へ埋めたままの指を動かせば、クチュクチュ粘ついて絡んでくる。
「解れてるな……期待してたんだろ?」
「っ……」
すんなりと指が入ったのが何よりの証拠だと、糸を引く指を見せつけてやる。山伏は観念したのか同田貫へ向き直り眼を伏せた。
「男なら二言はねえよなあ? 今夜は付き合ってもらうぜ」
「……相分かった。して、何をすれば良い?」
「まあ慌てるな。時間はたっぷりあるんだからよ」
呆れつつも山伏は口吸いを拒まない。向かい合い抱き合って唇を貪り、中途半端に肌蹴ていた内番着を脱がせてゆく。
「――同田貫、苦しいのではないか」
角度を変える合間に山伏が囁き、牡茎へそっと手を添えた。「よくもまあ我慢したものだ」とつんつんつつけば、透明な汁が噴き出る。これも修行の賜物……というのは嘘で、持久力がついたということなのだろう。戦闘で実感した以上に、この身はあらゆる面で成長を遂げたのだと改めて知る。
「おっおい……つっつくな」
「修行の間、ろくに触れておらなんだか?」
「っああ? ……修行なんだから、そーいうのにかまけちゃらんねーだろが」
山伏が手の動きを止め、ゆっくりと瞬いた。きょとりと目を瞠り、まじまじと見つめてくる。
刹那の静寂。直後噴き出して顔を背けた太刀の肩が揺れた。
「な……んだよ」
「ッカカ……おぬしは誠、真面目であるなあ……否、おぬしら、であるかな?」
ひとしきり笑ったかと思えば、眼尻に涙なんか浮かべてしみじみ呟く。
「たとえどれだけ見目が変わろうと、本質は変わらぬ。そして拙僧は、おぬしの心根に惚れておる」
そして、こちらが欲しかった言葉を、まるで歌うように淀みなく、いとも簡単に言ってのけちまう。まったく、調子が狂う。
「っ……ほんっと、あんたって奴ァ、ズリィぜ……」
「知らなかったのか?」
「惚れた弱みだよ……もっかい言ってくれ」
「……知らなかったのか?」
「違えもっと前だっ」
互いに下半身を寛げた間抜けな格好で、じゃれあったりして。戯れにくすぐり合い、脇腹が弱いらしい山伏が先に折れ降参だと笑い出し、布団へ並んで転がった。
「――……おぬしを待っている間、考えていた……もしかするとこのまま帰らぬのではと」
何故かは分からぬ。ただ、どうしようもなく離れてしまった、見放された気分だったのだ。乱れた呼吸を整える合間に歯切れの悪く、ぽつぽつと話し出した山伏の横顔を見る。
「へえ、あんたでもそんな風になるんだな」
「……単純で悪かったな」
「違うって。あんたはいつもまっすぐでさ、自分ををちゃんともってるし、ちっぽけな悩みなんて笑って跳ね除けちまうだろ」
「……拙僧は斯様に快いものではあらぬ。視野を広げようと我武者羅にもがき、一層狭めては猛進するに過ぎぬ」
そういうもんか。謙遜とも言い切れない、曇りに陰る顔に罪悪感が湧く。
「俺もさ。俺も、あんたに避けられてるのかと思ってさ……近侍なら、主と手紙読んだろ。まああの通りでよ、百年より体感後は数えちゃいねえが……あんたの匂い嗅いだら、何が何でも欲しくなっちまった」
「勝負というのは実におぬしらしいではないか。おかげで此方の感傷も吹き飛んだぞ」
「……悪かったよ。このお預け中の一発で今晩は終いでもいいぜ」
「それで収まりがつくのか?」
ふいに眦を眇め笑う様は酷く婀娜めいて、いよいよ落ち着きかけていた熱源に容易く火花が散った。起き上がって顔を寄せ、首筋へ噛み付く真似事をする。晒された喉が笑みに震えた。
「なあ。俺の性分は戦いだが、俺の“執着”はあんただけだ」
己だけを映す深緋は濡れて煌めく。なににも変え難く求め奪い取ってやりたいと、希った光。静かに唇を触れ合わせ、名残惜しみながら顔を離す。
「――でもそれは俺だけなのかなって、俺だけがあんたに夢中なのかってさ……いや、今結構俺恥ずかしいこと言っちまった」
今更恥じらい視線を外すも許さないと頬をやんわりと捕えられそして――そして同田貫は、目が眩むほどにうつくしい笑みを見た。
「……本当に嫌なのであれば」
ひょい、と無造作に退かされる。布団に転がされ姿勢が反転、山伏は再度同田貫の躰へと乗り上げて、同じように臀部が陽根を扱く。
「おぬしがいくら極めたとて、拙僧はそこまでやわではない。拒めるのだ、それをせぬ、という意味が……んっ、蓋し拙僧は……疾うにおぬしに夢中、ということだ」
山伏はとびきり甘く啼いては、陶然と艶んだ。蜜を蕩けさせた紅玉を、雫に縁取られた睫毛が覆った。色付いた焔が踊り、一糸纏わぬ太刀が、片割れの名を呼ぶ。
「さあ、愛し合おうではないか、同田貫正国、愛しき伴侶よ」
「……ああ」
砂糖菓子のように甘く狂おしい口付けに溺れる。饑餓に喘ぎ蹲っていた情動も那辺へ飛んだか、淀みなく溢れ出たのは斯く芯核よりの言葉。
「山伏国広、あんたは俺の心だ……」
「っん、んうっううんッ……!」
誘われるまま腰を引き寄せれば、専用の陰洞は同田貫を受け容れた。泥濘の鞘壺の奥へ奥へ、猛る刀身で掘り進んでゆく。
「あぁっ、ひ、んっ、あぁううっ! いぃっ、ひぅうあッ!」
ぢゅぷっ、ぐププッ、ずちゅっずちゅっ……途端迸る嬌声と、往来の摩擦を繰り返す狭隘部からの淫猥な水音は合わさって官能の極みと思えた。よくも今まで我慢できたほどに呆気なく、同田貫は切っ先から白い奔流を噴き出した。
「はあぁあッ! あっあっぁあううっ……!」
「ぐ、ううっ……!」
吸い付いてうねる腸壁へ叩きつけられる飛沫に、仰け反った山伏も気を遣ってビクビクと肢体を痙攣させる。
「お……っと」
「――ッはぁっ! はっ、ぁふっ、んっうぅ……」
頽れる寸前で同田貫が半身を起こし抱き止める。咬合された隙間から汁が滴れば、衰えることを知らない劣情が充填され勃ち上がって、狭路が押し拡げられた。下から揺さぶられるままに浮いた足が引き攣って宙を舞い、熟れた門扉が、ゆっくりと杭で穿たれ抉じ開けられてゆく。
「ッ! ッ……」
果てたばかりの躰へ刻み付けるような快楽のあまりの衝撃に息が詰まり、山伏は首を振って制止を求めた。自由になる両腕を布団へ着け重心を倒して抵抗したが、同田貫は膝立ちで脚を抱え込み逃がすつもりはないようだった。挿入の角度も変わり、安定した姿勢でないことがより一層律動を強く烈しいものにする。
「ンああぁっ……うあっ、ぁああっ、ヒッぁあっ!」
「うぐっ、キッツ……は、はあっ!」
「あああぁああっーーあぁっ、や、ぁああっ!」
ずるずると引き抜かれ、かと思えば痼りごと最奥を抉る動きに続け様に絶頂。暴れる胎内のものとは反対に、萎れた魔羅からは潮が小さく噴き出して、引かない快感を閉じ込めるばかりだった。
「――ぁあっ、あ、ぁあまたっまたァア゛ッ! あ゛あぁっ……」
「っなあ、腕、こっちにかけてくれ」
「うあっ……あ、ぁうっ……んっ、んんぅっ……」
同田貫が腰を止め、覆いかぶさった耳元で囁く。山伏はこくこくと頷いて震える腕を情人の後頭部へ回した。「イイ子だ」と耳を舐りながら、ぐい、と力を込めると、同田貫はそのまま勢い良く立ち上がってしまった。浮遊感に瞑った目を限界まで瞠いて、拡張させんと潜り込む熱棒の蹂躙を甘んじて受ける。
「ひあっ! んあぅっ、あぁんっああうっ!」
「はっ、はあ……!」
「んんうぁっどっ同田貫ぃッ! うあっ、あっあっぁあ!」
一突きごとに雷に貫かれるような衝撃。痺れるような感覚が下腹部から拡がっては、山伏は愛しい男の名を半ば叫ぶように呼んだ。ずり落ちそうになる腕で必死にしがみついて、なにも考えられない。ただただ狂うほどの強烈な快感を与えられ続け、多幸感に打ち拉がれる。眼前の同田貫が苦しそうに呻き、煮え滾る白濁を隧道へぶち撒けた。
「ッひ……ぁああんっ! んあっあついっあ゛づうぅっ……っひ、ん゛お゛アァッ!」
「くうぅっ! 山伏ッー!」
忘我へと至る炉にくべた刃鐡が、柔い肉鞘へと深々と突き刺さる。戦慄く口を塞ぎ、息を奪うように舌を吸い上げ、嬲る同田貫の金色の双眸は、逃さないと閃光のように輝いて――火花が、爆ぜた。
「あうぅんッ! んむ、うぁ――ッ! ぁっ、あああぁぁ――!!」
鼓動すら一つにならんとキツく抱き合ったまま、堰を破壊されたように粘りの少ない潮を噴き出し、山伏はこの晩最大の絶頂を迎えた。出した分だけ淫壺には熱い濁流が雪崩れ、やがて恍惚の心地のまま意識を手放した――。
美しい朧月を捉え、痛々しく染まった眦を細めて、トロンとした表情で山伏は笑んだ。愛しい温もりに抱かれ、甘えるように胸に擦り寄る。穏やかに微笑む同田貫もまた、法悦の極致、頂からの余韻に興奮冷めやらぬ様子で、緩々と愛撫を施しては控えめに喘ぐ山伏を眺めていた。
「あっ、ん、ぁっ……」
上気し焔の疾る腕を這い、胸の中央で赤く膨れた粒を摘む。軟い実りを指の腹で捏ね、弾いては飴玉のように口に含んで転がして。やがて芯が勃ち微弱な快感の芽生えた乳首を吸われ、はっきりと艶のある甲高い声が出た。舌先で抉り、擦り、吸い上げて。
「んくっ、ぁふ、アん……ッど、田貫……」
「ん?」
弾力のある胸を揉みしだき、空いた手で鍛えられた筋肉の感触を楽しんでいると、色の灯った視線とかち合う。山伏に頭を抱えられ、剥がされるかと思ったが優しく大きな掌はあやすように頭を撫でるだけで、乳首への刺激は止めずに促す。
「っこの間は……内番中擦れて腫れたぞ」
「んああ、すまねえ」
同田貫は悪びれる様子もなく、舌先を震わせてそのまま喋る。吐息と振動に擡げ始めた陽根を見やり、したり顔を隠しもしない。
「……なあ、乳首赤くしておっ勃てて、すげええろいぜ……」
「まったく……っん、んっ物好きな、奴だ……ひぅっ!」
「厭なら眠っててもいいからよ」
後戯にしてはしつこい愛撫にも、山伏は拒むどころか胸へ引き込むように同田貫を抱き締める。溢流した白濁を熟れ孔へ塗りたくれば、ちゅうちゅうと襞が吸い上げてきた。むろん本当に眠っている相手に突っ込む気はない。猿じゃあるまいし、反応があってこそだしな。
「ふぁっ、ぁ、うぅっ、おっ、おぬしのせいだ……」
「……は? んでだよ」
「う、後ろを使う前は、このように……おぬしを知る前はっ、んは、ぁっ……欲に耽ることなどっなかった……」
ぐい、と両頬を掴まれ、同田貫の視界が肌色へ染まった。紅く肉厚な舌が滑り込んで啜られる。スイッチの入った証拠だ。獣慾を覗かせて、山伏が素早く股座へ手をかけた。半勃ちの肉刀へ唇を押し付けーー獲物を前に舌舐めずりし、双眸が美しく淫らに歪んだ。
「責任はとってもらうぞ」
まだ夜明けは遠い。貪欲な獣は、互いを求め合い、喰らい合う。双方の眼に半身のみを映して。