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幽霊


 提灯の火が互いの貌を柔らかく照らす。砂利を踏む二人分の足音が、響かずに闇に消えてゆく。
「なんでこんな寒ィ夜に、肝試しなんだよ?」
「曰く、夏に出来なかったからだそうだ。何でも、西洋式の肝試しだと言われてな。元は盆行事だったというが、時代と共に移り変わるのは西洋も同じであるな」
「それにしたって俺は間違ってると思うがな……」
 楽しそうに笑いながら妖怪に扮した短刀へラムネやら飴玉を配りながら、青肌に傷だらけの山伏と包帯と血に塗れた同田貫が本丸の広大な庭を歩く。肝試しと言っても物陰から驚かしてくるのは短刀や鶴丸くらいのもので、思い思いの仮装で妖怪に扮した刀剣達が本丸を練り歩き菓子の交換をする、という奇妙な催しとなっていた。同田貫が手に持つ繊細な飴細工は各々の刀紋をあしらったもので、月下に金色に光る練り飴を口に放りながら、兄弟が凝り性だったとはなと三人で作った飴細工を手渡す山伏を眺めていた。彼の兄弟刀はと言えば、粗方の予想通りシーツを被り地を這うような低音で「朝までハロウィン♪」と歌いながら長兄をして楽しそうだと言わしめ、片方は相棒と共に本物のチェーンソーを振り回し一日掛けて施した死人そのものとしか思えない仮装で一部をマジ泣きさせ、涙目の審神者に出禁を喰らい落ち込んでいたが。
「あんたのその恰好さあ……女モンか?」
「む?」
 埃と蜘蛛の巣と継ぎ接ぎだらけの白い、洋風の着物。顔を覆い背に靡く面紗は透け、青白い顔を奔る傷跡は生々しく。片腕が骨に見える装飾を施され、襤褸の隙間から覗く足も青かった。胸元と背中の大きく開いた衣装は切っ先が触れれば破れてしまいそうで、裾を翻しながら踵の高い洋靴で器用に砂利を踏み鳴らしながら闊歩する様はあの大酒呑みに似ていた。
 胸元の薄い生地を引っ張り、山伏は首を傾げる。青い肌は生気の無い死人のものであるのに、翻る焔の彫物は、この太刀の燃え上がる気質――命そのもので、それが一層奇妙さを増幅させている。
「主殿が似合うだろうとな、女子のものかは知らぬが」
「寒そうだが大丈夫なのか?」
 腰辺りまで裂け背の焔を惜し気もなく晒し歩く山伏の背後を覗き込む。万年小判不足の本丸は未だ夏の夜の景趣だが、外の世界は秋を通り越し朝晩の冷え込む気温差がある初冬に近付いている。修行と言っては冬の景趣で雪を積もらせ鼻水を垂らしながら乾布摩擦をするわ半分凍った池で行水し風邪をひくわ、夏は夏で炎天下の中瞑想を行い熱射病でぶっ倒れるなど、この太刀の暴走エピソードは尽きない。兄弟刀と審神者の過保護っぷりも分かる気がする。
「拙僧そこまで軟ではないぞ、同田貫殿!」
「さぶいぼ立ってんじゃねぇか」
「カカカ!! 寒さに耐えるもこれ修行!」
 化粧のせいで余計寒々しい山伏はいつもの笑顔を浮かべた。躰中に玩具の刀を突き刺した薙刀と肩に乗る小柄な道化師の短刀へそれぞれの紋の飴細工を渡した恋人に倣い、蜻蛉切が作ったという金平糖の小袋を渡せば、がははあははと楽しそうな大小コンビはべっ甲飴を袋に入れ去っていく。
「三条はべっこうか」
「粟田口はかすていらであるな」
「甘いのは苦手だ、お前にやるよ」
 先程拙僧の飴を食ったではないかと、袋に入った色取り取りの菓子を眺めていた山伏が見下ろしてきた。
「お前のはいいんだよ」
「そういうものか?」
「そういうもんだ」
 頭に差した青白い蓮華の花冠が、雲間に降り注ぐ月光に光を帯びた様に見えた。本丸から大分離れ、背後では鬼ごっこを始めた刀剣達のはしゃぐ声が聞こえている。
「それにしても、おぬしの衣装は衣装と呼べるのか? 只の怪我人であろう?」
「手入れ部屋からかっぱらってきた。土葬された死人は墓から蘇るんだと」
 食紅と包帯。簡素な材料で、同田貫自身の傷跡の覗く躰に巻き付けられた白い包帯がまやかしの血に染まる。蜻蛉切と行動すると言った悪友も似た出で立ちだったが、余り手の込み過ぎた衣装で着飾っても意味の無いことだ。今夜限りの正装は、簡素でいい。
「そもそも妖の格好をするのは、向こうから帰省した先祖の御霊に連れ去られぬようにしたものらしい。暗夜を駆ける狩猟の福音を聞かぬ様騒ぎ、火を焚いて踊り明かすのである。菓子を配り合う中にも、もしや我らと近いものがいたのかもしれぬな?」
 悪戯に微笑んで、声を潜め耳元で囁かれる。黒い紅を唇に刷き、弧を描く鮮血の瞳が、薄く笑んでいる。
「考えてもみろ、おぬしも、拙僧も、今宵は付喪神ではないのだ……ともに踊り明かそうではないか、屍殿?」
 青白い肌を取れば、奇妙なほど熱を持った指先が絡められる。
「もし俺が死んだら」
 何を莫迦なことをと、己が嘆く。余った飴細工を掠め取り口に銜えれば、甘ったるい味が下で溶けていった。
「お前はいつもの格好でいろよ。迎えに行く」
 に、と包帯を引き攣らせ、同田貫は嗤う。応える死人も、歪んだ笑みを浮かべる。
「カカカ、人間の様なことを申すな。折れれば、この魂がどこへ往くか考えたことはあるか」
――どこからか、血生臭い、嗅ぎ慣れて久しい香りが鼻を突いた気がした。
「拙僧が折れれば、おぬしの枕に毎晩立ってやろうぞ」
 どちらが先に死ぬかは関係ない。暗に互いが折れるときは一緒にという、叶わぬ願いを詭弁に混ぜ、死人は月光の下、踊り狂った。

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