-×ぶし
蜜命
入室した途端目に飛び込んだのは翡翠色だった。
座した褥へと流れる髪は江雪とも違え、やおらゆっくりと振り仰いだ美丈夫は、男へ微笑んだ。
艶のある青碧の髪は緩やかに靡き、施された目弾を僅かに隠しては、耳元で揺れる簪がしゃり、と微かに鳴る。翡翠と紅玉で花を模した豪奢な簪から、男は視線を落としてゆく。
「わたくしが珍しいか」
くすり、と妖しく笑むその声を知っていた。あのやたら明るく声のでかい大男、男の本丸にもいた事がある。それでもあの太刀と同じ存在とはどうしても理解に到らず立ち竦む男へ、山伏は手招いた。
「どうか怖がらず。姿など些事であり、どこも変わらぬゆえ、こちらへ参られよ」
煌びやかな扇で口元を覆い、しなやかな手の先、真っ赤な爪紅と深紅の瞳が酷く色めいて、思考が麻痺しそうであった。
「何故、と? 我が主が、貴方様を楽しませるようにと。ただそれだけ」
猩々緋に金糸で彩られた打掛を褥に落とし、無垢な白の襦袢を肌蹴させると、透き通った肌を這いずる様に浮き立つ焔が眼を惹いた。近付く程に甘やかな香が肌を粟立たせ、気付いた時には、山伏の熱い吐息を間近に感じていた。
「良いではないか、この奇妙な逢瀬、楽しむがよかろう? さぁ、わたくしを存分に味わわれよ」
蕩ける様に蜜を垂らした双眸が眇られ、桃色の唇が弧を描く。生唾を飲み込むと、男はゆっくりと震える手を山伏へと伸ばした。
ーーそして山伏は流れる様に簪を引き抜くと、男の喉元へ勢いよく突き刺した。驚愕に見開かれた瞳がそのままぐるりと反転し、急所を貫かれた男は叫ぶ間もなく絶命した。
「…………相分かった、こちらも片付いた、すぐ向かおう」
別室に通された己が主の声に応えると、山伏は寄りかかってきた人間だったものを蹴り倒し立ち上がる。その相貌には何の感情も読み取れず、血溜まりに立つその流れる様な青碧だけが、静謐に揺れた。