美術品
その打刀はくすりとも笑わず、淡々と己をかたった。
「最後の打刀だ」と主が言う。正確には鍛刀で顕現する可能性のある刀剣で最後で、慢性的な資源不足に伸び悩む本丸に、とうとう四十数振りもの刀剣が揃う訳だ。
「……政府の手違い?」
近侍である山伏が項垂れる主人を見下ろす。その横に凛と姿勢良く佇むのは同田貫と名乗った打刀だ。切り揃えられた短い黒髪を後ろに流し、己の本体を右へ置き黒の直垂を纏っている。涼しげな目元は目を惹く黄金色で、顔を横切る痛々しい傷痕が奇妙ながら美しさを引き立てていた。
「確かに、以前主殿の見ていた姿とは違う様だが」
「見た目等、どうでも良いだろう? 我らは幾つもの同田貫の集合体だ」
真っ直ぐで凛とした声で淡々と話す打刀を審神者は恨めしげに見返すと、端末を弄りだした。審神者は何の不備も無く鍛刀を終え、本丸に随分と刀剣も増え見慣れぬ影形に歓喜した次の瞬間、自らを美術品だと言い放った同田貫正国は、政府の登録簿にある写真とは雰囲気が異なっていた。
「同田貫は実戦刀の刀工として栄えた一派だ、二十二世紀……僕の祖父の時代には痛みの少ない一振りなどは随分価値があったそうで、刀剣保護法の成立される前、良く旅行して見にいっていたらしい」
審神者の適性を認められる者の大半は先祖が刀剣と関わりのあった者も多いと聞く。政府の出した刀剣保護法は歴史修正主義者への対抗の一つだと以前言っていたのを思い出し、置物の様に佇む同田貫を見据える。
「おぬしはどうなのだ? 本丸に喚ばれた以上戦うは必然であるぞ?」
「……戦か」
左耳の金の耳飾りが揺れる。光の潰えた黄金が山伏を捉え、僅かに細められた。
「俺は平和な時代に打たれ、そもそも戦を知らないがお前達の役に立てようか?」
「…………」
口元に僅かに浮かんだ笑みは己を揶揄するものであろう。同じだ、己と同じ。山伏は遠く霞んだ記憶を辿り、着飾られ朽ち果てるのをただ待つだけの過去を思い出した。
同田貫を連れ本丸を案内する内、ぽつりぽつりと自分の中にある記憶だと言い話を聞いた。花々しい初陣で主人と共に戦場に散った話、歴戦の武士と在り傷を負い、数多の血を吸った話。まるで本物の様に感触すら匂いすら思い出せると、震えながら同田貫は呟いた。
「娯楽と称し沢山の俺が折られた。人の躰を手に入れて、人間の肉がこんなにも柔らかいと知らなかった。なぁ、山伏サン、俺は今どんな顔をしている?」
熱を持った指が頬へ触れる。教えてくれと、カサついた唇が言葉を紡ぐ。月の様な煌めきを宿した双眸に射られ、心音の高鳴りを聴いた。
「お前を斬っても、同じ血が流れるのか」
嗚呼。同じだ。いつか演練で交えた刀と。本性が引き摺り出されたのだ。戦を求める沢山の同田貫の魂が、この無垢な一振りを染めたのだ。これから初陣、この打刀もいずれ血を吸い、求める様になるのだろう。美術品としての精悍な貌が、紅く塗り潰される。
「征こう、山伏。刀は、使われるために在る」
同じだ。内なる獣が支配する。血を啜り、肉を斬り裂く切先が、カタリと震える。
「カカカ……いざ、初陣と参ろうぞ!」
飢えた獣が、血の色に染まった瞳を眇め嗤った。