むじかく
チカリ、と目蓋の裏で瞬いた光は、月明かりがぼやけたように滲んでいた。
「……っは……」
下腹からぬちゃりと響く水音が、まるで耳元で聞こえた錯覚に、とっくにとけきった脳髄へ浸透してゆく。固く握ったままの指先は、いい加減に痺れ始めているのか感覚がない。それとも、己を組み敷く男の衣服で縛られているからだろうか。泥と鉄臭さに混じって、嗅ぎ慣れた匂いは紛れもなく眼前の刀のものだ。
「ん……ぅんんっ」
一体ここに転がされて何刻経ったろう。触れられていない自身から溢れた粘液は、後孔を解すために使われる始末。やりすぎなくらい解されあとは受け入れるのみの入口はしかし未だに指を銜えさせられて。
時折思い出したように、唾液で濡れ光る胸元の腫れた粒を刺激され、重く響くもどかしい快感に跳ねる足の指先が、同田貫の背を緩く掻いた。
「んあっ……ぁふっ、くゥンッ……」
「……」
なだれ込むような成り行きに始まった関係だが、互いに納得した上で行為を続けている。好いた者などという甘さは欠片もなく、体よく丈夫な性の捌け口としか認識されていないのだろうし、こちらとしても他の者へ害が及ばないのを良しとするしかない。欲求不満を物に当たり散らされていた頃は本当に酷かった。まあ、これはこれで新たな問題も出てきたのだが。
「……っも……い、加減……っン、ひうっ」
明日は双方非番だ。非番になってしまったという方が正しい。いつからか、躰を重ねる晩は明け方まで求められるようになってしまった。回数自体が増えたわけではなく、その、丁寧を通り越した執拗なまでの『前戯』の長さによるものだ。
「せっめて……腕、んむッ……」
口を塞がれ、舌ごと口内を貪られる。愛撫の手はそのままに、うまく呼吸できずに躰が勝手にビクビク跳ねては、ギラつく双月が朧がかる様を見上げていた。ーー前戯が長くなり始めた頃から、こうして口吸いをされるようになった気がする。舌先が痺れては、回らない酸素の代わりに触れられている箇所を中心に快感が巡ってゆく。
「ん、んぐっ……っうあ……」
浅いところばかり行き来していた指がふいに前立腺を擦り、自分とは思えない甲高い声が開放された唇を突いて出た。
「っや、あっ! ひっあァあっ!」
声の甘ったるさに嫌気も差すが、萎えるどころか太腿に押し付けられる熱は硬度を増した。声や快感を抑えれば抑えるほどに激しく抱かれ続ければ、いっそいかに感じているのか如実に訴えるために声が大きくなってしまった。今後もし同田貫の部屋以外で犯されることがあれば、布でも咥えるしかないだろう。
「っは……ふ、はっ……あ、」
ぼやけた視界の向こうから、こちらを見下ろす瞳に愉悦の乗るのを荒い息のまま眺めた。
抵抗されるのが厭なのか、こちらがする気もなくなるくらいに、毎回挿入れられるまでにどろどろのぐずぐずにされる。全身快楽漬けで焦らされ溶かされて茹だるような思考で、言わされるままなにか喋らされたりーー内容も覚えていないが、酩酊状態でなにか言うことは好きではない。やめるよう伝えたところで、そもそも応じなければ終わる関係なのだ。受け容れるしかない自分の愚かしさも、結局の所絆されてしまっているだけだ。
不思議と嫌な心地はしない、と思い始め、もやもやと燻りと危機感を覚えている。抜き合いと同義の行為に、意味を求めてはならぬのだ。赤く染まった頬を撫でる相貌が綻んで、低く掠れた声が鼓膜を揺さぶった。
「――なア、きもちいいか?」
「っ何……? んっ、んうっ!」
中でばらけながら弱い部分を的確に抉られ、見事と唸るしかない。浮きそうになる腰を抱えられて、再び顔が近付く。
「ハッ、あ、同田貫……?」
「今あんた、すっげえ助平なカオしてんぞ」
呆気に取られたまま見上げる。最中に口を開くことすら滅多にないのに、戦場以外での笑顔など見たことがない。
「ひあっ! あっ、待っんあんっ!」
乳首と後ろを同時に愛撫され躰が反った。軽く気を遣ったが射精には至らず、容赦を知らない動きは激しく強く責め立て続けている。啼かされるまま懇願して漸く開放されるころには、顔中涎や涙と汗塗れだった。
「っんう……」
意味のない拘束を解かれることなく、うつ伏せの姿勢を取らされる。窺い見ようにも肩を押さえ付けられては、長かった前戯の終わりに暫し安堵し。
「この姿勢、きもちいらしいぜ。敷き小股だったか。あ、脚は閉じてろよ」
「!」
ひたりと当てられた質量は指の何倍も太く長く、耽溺してしまうほどの快感をもたらすことを、この躰は、記憶が、心が覚えてしまった。
しかして、数刻の甲斐あってあっけなくずっぷりと己に埋まったのだった。
「んあっ……ぁ、あぁあ……!
背中に密着するように覆いかぶさる熱に、首筋にかかる吐息に、挿入れられた怒張に、繰り返し覚え込まされた躰は快楽を求めて強請って啼くばかり。
その間も小さく断続的に絶頂し果てても、ゴム越しの同田貫は律動を止めてくれやしない。引き攣った喘ぎ声は泣き声みたいだと他人事のように思う。
「ひっヒい゛っ無理っだっ……んあっ、あっあんんあ! 頼むいったんぬいっ……ひあああっ!」
「さっきからずっとイッてるな……こっちも締まってすげえイイ」
「止めっ! とっおあァあ゛っ! っん゛あ゛ぁあーっ!」
ガクガクと揺さぶられ、逃れられない快感を、抗えないまま叩きつけられる。なまじ体力も耐久もあるせいで気絶なんかも出来ずに、夜の白むまで散々嫐られ続けたのだった。
殆ど気絶するように眠りにつく直前、同田貫が何か呟いたが、分からずじまいだ――。