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構って欲しい同田貫×眼鏡山伏
#毎日たぬぶし
 

※学パロ DKたぬ×古文教諭伏

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はらをくくれ


 校庭からはサッカー部員達の掛け声が遠く聞こえ、時折ペンの走り書きの音と、ペラリと頁を捲る音が夕陽差し込む広い教室に響いている。
「…………手が止まっておるぞ」
「っせーな、ちゃんとやってるよ」
「どれ……公式が違うぞ」
「っやべ、間違えたか」
「嘘である」
 机に突っ伏した少年が上げた顔は眉間に皺が刻まれ、じっとりと睨み上げる視線は不機嫌そのもの。対して少年の無言の抗議を受け流しつつ、男は組んだ長い脚を揺らし、眼鏡の間から覗く瞳は悪戯に細められてはんべ、と赤い舌を出す。校内に生徒は疎らで、考査や中間テストの時期でもない生徒達は部活や課外活動に勤しんで、いつも賑やかな教室はやけにがらんどうで広々と寂しいと、シャーペンを器用に回しながら思考に耽る。
「選択は合っているのだから、次は応用への柔軟性だな」
「……ウス」
 アンダーリムの眼鏡を指で押し上げ、男の視線は再び彼の好きだという作家の詩集へ落とされる。生徒の前でいつも快活に笑う顔は、表情が乗らないとこんなにも印象が変わるのかと、シャーペンをノートへ取り落としながら感じる。オレンジ色の暖かな光を横から受け、影を色濃く落とす端整な顔をチラチラと見詰めながら、ノルマだと言い付けられた問題集をひたすら解いてゆく。
 男は現国、並びに古文を担当する若い教諭で、また少年の所属する部の副顧問も兼任している。少年への指導という傍ら勉強を見てやるようになったのは昨年夏に個人戦を控えた合宿の時まで遡るのだが、とにかく、けして勉強が出来ない生徒ではないが如何せんやる気が無いという。成績が芳しくないとあれば部活を続けられないと泣きつかれてしまえば、教師として、顧問として全力であたっているという事だ。
「な、センセ。今度さ、」
「駄目である」
「何も言ってねぇよ! 実家の方で祭りがあるんだよ、秋の収穫祭ってやつでさ……それでさ、センセ一緒に行かねぇ?」
 指を栞代わりに、詩集を膝に置くと男は頬杖を付く。秋の林檎のように染まる少年を眺め、勿体ぶって考え込む仕草をしてみる。
「共に行く友人は居らぬのか」
「……栗ご飯やらおはぎやら喜んで食いに来るような渋い奴いねぇよ」
「なるほど、それはごもっともであるなぁ」
 少年なりに考え抜いての誘いだとは、男はこの一年で嫌というほど理解している。若者の行くような映画も人だかりのできる花火大会も、友人が居ろうと至極真面目に断られるのだ。学校の外で会ったのは昨年の暮れに一度きり、進路について親と衝突したとファミレスで打ち明けられた時のみだった。
 些か慕情にしてはひたむき過ぎる少年の真意をはぐらかしては、憧れ故の一時の情と納得させようと奮闘していた。少年には未来があり可能性がある。若い芽を摘むなど、教職に勤む者がしてはいけない。
「なぁセンセ、いいだろ?」
「……では一つ条件を。明後日小テストを作成する。何、おまえは正しく理解している、解けるはずだ。八割を越えれば付き合おう」
「本当か! 一緒に行ってくれんのか!!」
「解けたらであるぞ」
「おっしゃあ、やる気出てきたぜ」
 それをいつも発揮してほしいものだと嘆息する。後日見事満点を取り、更には電車が日に数本という山奥での祭り後少年の実家に泊まり色々な線を飛び越えたりすることになるとは、眼鏡の奥で微笑ましいと双眸を眇める男は今は知る由もなかった。

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