紅葉
本丸には季節限定の内番が存在する。主の時代の四季に合わせて景趣を変える理由は、俺達に季節を一緒に感じて欲しいのだそうだ。
「見て見てどうだぬき! もみじのシャワーだよ!!」
「しゃわぁって言われてもなぁ、分かんねぇよ」
箒で掃いていた手を止め、赤や黄の葉をそこら中にくっつけて笑う主へ目線を合わせる。短刀は身形が幼いだけだが、この童は俺達よりずっと年若い。それでいて何十振りの刀剣を顕現させているというのだから驚きだ。
「カカカ! 主殿、せっかく集めているのにそれを散らかされては、いつまでも仕事が終われぬぞ?」
「えーっ、もっと遊びたいよ!」
春と夏は花や葉を集め、冬は雪かき。夏は夏で暑くて堪らない、調節できるのだからやってくれと言ったこともあるが、「ぼくの時代ではこんな自然はないから」としょげられ、近侍まで睨み付けてくる始末。雅なんてもんが刀に必要か?
「主、じゃあよ、かくれんぼしようぜ」
「かくれんぼ! やる!」
「山伏が鬼な、言っとくが俺はこのちょーど隠れやすそうな落ち葉は踏んづけて纏めちまうから、他んトコがおすすめだぜ」
「わかった!!」
おい拙僧もやるのか、とか聞こえたが無視。キャッキャと軽やかに遠ざかる声に、しゃがんだまま溜息一つ、袋を取り出す。
「さて、今のうちに纏めちまおうぜ。俺ァ昼寝がしてぇ」
「流石、主殿の宥め方がお上手であるな」
「好きで得意んなった訳じゃねぇよ」
「何を。最初はおぬしが怖いと歌仙殿から離れなかったではないか」
「……怖がられてちゃ戦に出られねぇかもしんねぇだろ」
ふん、と鼻を鳴らす。山伏も俺も、まだ刀剣が少ない時期の顕現だったので、主が俺を怖がってたなんて知ってるのは少ないが。怯えさせてしまうのは自分でも分かっていた。だが俺だって気になることはある。主は幼く、小さい。簡単に壊れちまいそうで、俺はそれが嫌だった。それだけだ。
「にしても、毎年こうも派手に色付くのにさっさと散っちまうとはなぁ」
池まで赤く染め上げる落ち葉を網で掬いながら、山伏が振り返る。別の意味で派手な髪が風に揺れた。
「次への養分となる為にその身を地へ落とすのだそうだ。冬の根を温め、朽ちてゆくだけではない。循環とはよく出来ておる」
「はん。俺ら寝床を奪っちまってるってか。自然は自然のまま、手なんて加えねぇのが一番なんだよ」
「なかなかそうもいかぬでなぁ……池に貯まれば水が詰まり、庭を掃かねば、転んでしまうやも知れぬ。ーーおおそうであった、今日あたり芋の収穫らしい、皆で落ち葉炊きでもしようではないか!」
芋。芋ね。一昨日の栗拾いといい、昨日の柿剥きといい、何かしら支度を手伝わされている気がする。本丸は最近戦力拡充で殆どの部隊が出払い、練度上限の俺達古参は内番へ回されてるって訳だ。
「恵みを頂くって訳か。うまいもん食うのは嫌いじゃねぇぜ」
「であれば、濡れてしまったものは別に纏めねばなーーぬぉっ!?」
山伏が派手にすっ転んだ。ギョッとして駆け寄れば、紅葉の赤に埋もれた顔が見上げている。こんもり溜まった落葉のお陰でどこか怪我したわけじゃないのか、呵々と笑っていた。
「ッぶねぇなだからソレ脱げっつったんだ」
「むぅ……足を取られるとは、拙僧まだまだ修行が足りぬ」
臙脂のジャージも組む腕に這う炎も、覗き込んだ双眸も秋色に染まっている。眼にも鮮やかに燃え、より一層青碧の髪が際立つ。
「ぬ?」
「こうしたら、見つけられねぇかもな」
掬い上げた紅葉が手の中で乾いた音を立てる。仰向けに寝そべった山伏の髪の上へ赤を落とし、銀杏の葉を鼻先へ乗せた。
「紅葉の山なんて行ったら見失いそうだぜ」
「……おぬしなら、拙僧が何処にいようと見つけられよう?」
「ったり前だ。俺から逃げられると思うなよ、俺は眼がいいんだ」
葉を避けつつもおお怖いと冗談めいて笑う、その瞳は艶やかに濡れている。一面の炎に攫われようと、この眼は逸らされることは無いと知っている。色を帯び始めた唇へ、そっと口を寄せた。
六十九、七十。百まで律儀に数える声がやけに遠く、唇を伝った。