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残香

 空が高く、対して注ぐ陽の高さと弱さに冬が迫るのを感じた。本日の出陣は夕刻からで、特別やることもない俺は普段めったに使われない文机の上から本を引っ掴んだ。そのまま重力に逆らわず畳に寝っ転がってパラパラとめくる。
「――詩集か」
 薄黄色の紙には花や景色と文字が描かれており、数名の詩人が書いた作品を再編したもののようだった。詩集と言ってもあまり飾らない素朴な文体だという印象を受け、そのまま読み進めていく。春から始まり夏、秋と四季の移り変わりが己の記憶と重なる。
 三度目、顕現して三度目の秋だ。肉の身を受ける前と後では、こんなにも時の感じ方が違うなんて、知らなかったことだ。
 ふいに鼻を掠める香に、情人の顔を思い出す。そういや、この本を借りたのも山伏からだったっけ。
「……白檀と、あとは何だろうな」
 濡縁や離と、本丸なら場所を問わず瞑想するあいつは、自分の部屋では香を炊く。きっとこの本も部屋にあった物だろう、頁をめくる度仄かに残り香が漂う。秋の紅葉の山が詩集には描かれている。鮮やかな赤と黄褐色――一層色濃い匂いに目を瞠った。
 部屋の前には誰もいない。気のせいかと嘆息、手から本が落ち顔面を直撃し飛び起きる。
「……はあ」
 理由もなく、今すぐ会いたい、とか。一度考えてしまったものは容易に忘れられなくて、考えあぐねた俺は結局腰をあげた。
 この時間何をしているだろう。どこにいるのだろう。こういう時頼りになる直感を伝って、中庭を歩く。――ひらりと肩に落ちてきた真っ赤な椛の葉を摘んで、手に持ったままの本へ挟み込んだ。風に乗って香るのは、何か甘い匂い。厨連中が八つ時の甘味でもこしらえているんだろうか。
「……山伏?」
「む?」
 池の辺りに立つ後ろ姿に掛けた声は、情けなくも分かりやすく嬉しさの滲む高い調子で、振り返った山伏が抱えていた落葉の量に再び瞠目して。長い腕いっぱいに抱える金と赤い葉を包む布は、なんだかとても見覚えがあった。端が擦り切れ汚れて――「同田貫!」と、こちらへ向かってくる男の頬は赤く色付いていた。
「焼き芋である!」


『山粧いて 薄い青空に 焚き火の煙高く』

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