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初夜


失敗したっていいじゃない

 山伏国広は勢い余って襖をぶち抜いて来た様な同衾予定の相手を呆然と見上げていた。房には干したての陽の匂いにくるまれた布団が一組と、白い寝間着に三指ついて頭を下げ「お待ち申しておった」と恭しく告げる算段が全て彼方へ飛ばされてしまった。

 山伏国広とその懸想相手同田貫正国は互いに想いを同じくするらしい。本丸で対面した付喪神は人の身で暮らしながら、互いに惹かれ合いついに先日双方真っ赤になりながら告白をした。
「ど、同田貫、つかぬ事を申すのだが」
「なっ、なんだよ?」
 どちらのものともつかない桜吹雪が音もなく当たりを春に染め、結ばれたばかりの手を強く握りながら山伏が俯く。
「拙僧、主殿へ一週間ほど遠征を頼まれたのである」
「え、は、一週間?」
 目出度く心を繋いだ相手と、今夜にでも共寝する気満々だった同田貫が何とも言えない表情で消沈する。
「せっかく、せっかく、俺は、一体一週間どんな気持ちで……」
「拙僧とて、おぬしに逢えぬのは寂しい……だが同田貫」
 一呼吸置き、意を決した山伏は提案した。曰く、「帰還するまでの一週間、欲を律し合うことで、結ばれるその時の価値を更に高め合う」というものだった。要は禁欲だ。精力に満ち満ちた若人の躰には堪えそうだが、そこは元来真面目な同田貫は確かな意思をもって頷いてみせた。
「……分かったぜ、俺だって畜生じゃないさ、我慢してみせらぁ」
「もどかしく思うのは拙僧も同じだ、今は、触れるだけでーー」
 秘めやかに育て続けてきた慕情の根は深く根差して強固だ。七日程度で覚悟すら揺らぐものかと、未だ赤い顔を寄せ山伏が同田貫の唇を柔く食む。
「ん……む」
 触れる指先から電流が走った様に痺れ熱を持つ。甘い口付けに思考が支配されかける。熱く火照る身を寄せ合いキツく抱き合う。
「……っふぁ、ん」
 今すぐにでも押し倒し深く繋がりたい欲を舌に乗せ、蜜に溢れる甘い咥内を貪りあった。

 その日から一週間はとてつもなく長く感じられた。あの晩交わした唇の先はいつまでも痺れたままの気がして、躰の奥の燻る想いは日の沈む毎に増してゆく。今までは思いを告げられずそれでも独りで慰めてきたが、今は最早己だけで鎮められる気はしない。心が結ばれたのなら貪欲に次を求めてしまう。遠く隔てた空の下、想うは同じと信じ日々を過ごす。

「…………只今帰陣し申した」
「……おう、おかえり」
 嗚呼、無愛想は相変わらずと山伏が駆け寄ると驚きに目を見開く。同田貫は大きめな琥珀色の目の下に隈を作っていた。
「情けねぇ、昨日から眠れなかった」
 近寄れば我慢が効かないのか同田貫は近寄っては来ない。もどかしさと逸る気と混ざる感情に言葉を詰まらせ、山伏は不器用に口角を上げ笑った。
「……っ拙僧も同じようなものよ、主殿の報告と湯殿を済ませたらすぐ、」
「飯もちゃんと食え、約束した時間になったら、部屋まで行く」
 きっかり七日前、山伏の自室で決めたその刻までと同田貫は至極真剣に告げた。部隊の面々がそのまま山伏を連れ出し、振り返る背後その表情は見えなかった。
 久方ぶりの皆で取る夕餉は格別で、しかしそれでも黒い影を探してしまう山伏は勧められるまま酒を呷りほろ酔い気分で浴槽へと浸かる。
「…………」
 芯から安心する熱に委ね、今宵ようやっと晴れて恋仲となる男を思い浮かべた。いざ肌を合わせる時に揉めないよう自分が下と決めている。彼はきっとあの真っ直ぐな性格だし、常愛らしいと好いていた彼に抱かれるのは吝かではないと思う己には、最初驚いたが。
 戌の刻を過ぎ人気は無い。明日自分らを除けば皆遠征や出陣を控え、無理を言って同田貫もろとも非番を頼み込んだのだ、後で審神者に礼をと月を見上げ、そっと湯船へ腰掛ける。桶から持ち込んだ丁字油を、胸の張り裂けそうな心地で
見下ろした。金月は朧掛り、震え滲んで見えた。

 

 そして今、風呂上がりにしっとりと湯気を立てたまま、山伏は同田貫を見上げている。フーフーと息を荒げ肩を揺すって、今にも飛び掛りそうな自分を必死で抑え込んでいるのだと窺える。襖を閉めてしまえばひとりでに灯籠が仄明かりを照らし、まるで茹でダコの様な同田貫を露わにした。
「っ同田貫……」
「我慢……は、苦手みてェだ」
 同田貫の大粒の瞳は金に煌めいて潤い、ぷるぷる震えながらその場にがっくりと膝を付いてしまう。
「大事にしてぇのにッ、……別の俺が、うるっせぇンだ」
「同田貫……もういい、もう、いいのだ」
 硬く握られた拳へ手を伸ばす。反射的に強く手首を掴まれ同田貫の胸の中、溢れそうな雄の匂いに眩暈が起きそうだった。
「拙僧も、おぬしと同じだ」
 首へ腕を回しゆっくりと褥へ横たわる。血走った目が不安げにさ迷っては顔は強張り、寝間着越しに硬い感触を腹に感じ、慣らした奥の更に奥が疼く気がした。こんなにも己のため押さえ込もうと必死な情人を好ましく思わない輩がおろうか。胸が押し潰されそうに切なく、赤い耳朶へ唇を寄せる。
「想い合う相手と繋がれる喜びも、おぬしの覚悟も痛いほど理解できよう、なれば、後は衝動のままおぬしを感じたい」
 帯を解き褥へと寝間着を敷く様に自らと同田貫の着物を肌蹴させてやる。肌を合わせれば体温を分かち合い、鼓動が合わさってゆく気もした。

 山伏の柔らかな髪を優しく梳き、幾分か落ち着きを取り戻した同田貫がすう、と匂いを嗅いだ。と、同田貫の懐からゴトリと転がり落ちた瓶を取ればあからさまに動揺し出す。
「温感ろーしょん?」
「うっ……そ、それはあれだ、主に、上でも下でも、濡らすのは滑りのために……こーいうの、厭か?」
 限界のまま留められているらしい同田貫は目線を合わせない。あくまで山伏を悦ばせたいと準備してきた気配りに胸には切なさと暖かさが全身へ広がってゆく。
「開けてくれ、主殿の気遣いであろう?」
「お、おう」
 覚束無い顔は逆上せた様に赤く、思い切り全力の力を入れたらしい。結果、山伏の胸元から腰下まで潤滑油がぶちまけられてしまう。
「おわっ!」
「ぬ……」
 冷たい筈の液体は確かに温かく、滑り良く慌てた同田貫が上で動く度厭らしく水音を響かせた。
「っすまねぇ、ヘマしてばっかだ俺ぁ……」
「しくじったとて良いではないか、これきりの目合いではあるまい? あまり焦らずとも良い、拙僧慣らしておるしな」
「へ?」
 クスリと艶を見せた笑みを間近で見下ろす同田貫の手を取ると膝を開き解された菊壷へ導いてやる。湯と油で慣らしたそこは柔らかく、潤滑油が伝って熱と混じりにちゅ、と水音を届けた。既に限界をとうに超えていた同田貫の理性は今度こそ脆く砕け散った。そんな音が聞こえたと山伏は後に語る。

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