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 あれはそう、今夜の様な、キンと底冷えのする雲の無い冬の夜だった。
 人の身とは誠に不思議である。眠らなければ倒れるし、食べなくとも倒れてしまう。斬られれば血を流し、毒にも当たる。病気もする。人間の主曰く何処も人と違わぬという男士の唯一の特異点。
「…………」
 自分でも頭に血が上っていたと思う。高揚感で多少の痛みすら煽る一点に過ぎず、香しい血の匂いに酔いしれていた。真新しい傷跡から伝う赤い筋は鉄の匂い、錆の匂い。眼前に迫った巨躯の振るう赤錆びて刃の毀れた太刀が内臓を抉った。気付いた時には本丸の一室で布団に横たわって、見知らぬ天井を見ていた。
「無茶をするからだ」
 使用された後の手入れ札をからりと放り、あの時とは違い薄く笑みを浮かべ男が見下ろしている。掌を掲げれば包帯は巻かれていたが、先の戦で付いた傷は綺麗さっぱり無くなっていた。それでも躰中に誇りとばかりに数多の傷はあるがどれも古傷で、泥も血も丁寧に拭われていた。
 そうだ。刀剣男士は人の形を取りながら、どれだけ傷付いても魂の依る処である刀剣さえ無事であれば、元通りに再生するのだ。顕現時と何ら変わることない、健康な体へと。
「部隊長の名が廃るぞ」
 戦装束を解かぬまま正座する男が呟く。緩く首を傾げ宝冠が揺れ、微かに錆びの匂いが鼻腔へ入り込む。疼痛に似た重苦しい痛みが胸を支配する。奇妙であった。傷はなく、意識も明確だ。
「不覚を取るなど、お主らしくないぞ」
「……修行不足ってか。おまえこそ、何て顔してんだよ」
 続く筈であった言葉を奪い、震えを隠す手を握る。冷たく凍えてしまいそうな指を解いてやり、引き寄せる。
 落ちた雫で濡れた手へと、口を寄せた。あの時と同じじゃないか、修行不足はどっちだよと笑い声混じりに囁けば、常美しい真紅が歪み、また雫が頬を伝う。
「本体さえ無事なら再生すんだしよ、重傷だからなんだってんだ」
「それでも、」
 それでも嫌だと、滲む紅を拭いもせずに濡れた唇が近付いた。

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