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 肌を刺す空気。はあと吐く息が白く、しんしんと音も無く降り注ぐ白が視界を染める。

 雪だ、と呟く声に空を見上げた。遠征の途中、山間に差し掛かった時だった。
「どうりで寒いわけだ……」
 襟巻で覆われた下、鼻を啜る同田貫を見下ろす。並んで歩く打刀は木炭を抱え、開いた手で手持無沙汰にひらりと振っていた。
「知っているか同田貫、雪とは空の塵なのだそうだ」
「そうかよ」
 興味無さげに間延びした声。歩みを止めることなく開けた山道を歩く。どんな仕組みかは知らないが本丸は常春であり、こうして遠征に出て季節の移り変わりを感じるのが殆どだ。夜戦演習に喜々として参加する短刀らが出払い、山伏と同田貫は二振りきりで織豊の時代へと遡っている。
「拡大すると六花が良く見えるらしいぞ」
「喰っちまえば分かんねぇよ」
「あ、こら、腹を下すぞ」
 んが、と口を天に向かい開けた。薄墨に塗り潰された空は昼間とはいえ暗く不規則に落ちてくる淡雪が顔中に降りかかり、さみぃと首をぷるぷる振れば山伏が笑う。
「陽の沈むのも早そうだ。急ぐぞ」
 乾いた地を高下駄で軽快に踏み締めて山伏が告げた。背負った籠には玉鋼が入れられており、擦れ合う金属音と呵々と笑い声が白い吐息と交じり空へ昇ってゆく。
「見てるこっちが寒くなるぜ」
「寒さに耐えるもまた修行ぞ」
「そう言ってしもやけになってたじゃねぇか」
「うぬ……」
 あれは去年か今年の初めか。本丸に気紛れか一面の雪景色に覆われた折、雪だるまを作る短刀に交じりはしゃいだ太刀、それから槍に薙刀。揃いも揃って風邪を引き、更には山伏は足にしもやけを作った。弟刀の苦笑と呆れの混じった表情を想いだし太刀が唸る。
「あの時は拙僧も未熟であった。だが修行の末克服したぞ、見よ拙僧の筋肉を!」
「あー分かったから、脱ごうとするな」
 意気込んで腕まくりをし始めた手を取り歩き出す。風が出始めている。向こうの視界は薄ぼやけており、いよいよ吹雪く前に下山しなければならない。
「山の天気は変わりやすい。この様子だと吹雪いて遭難もあり得るぞ」
「冗談じゃねぇ」
「同感である」
 歩む速度を上げ緩やかな道を登ってゆく。冬の気配がすぐそこまで来ている山の木々は寒々と風に曝され、しっかりと息づく芽や落葉に包まれた木の実や冬支度に勤しむ小動物たちを横目に足を動かした。

「ん、何だいつの間に止んだんだ」
 ほう、と白の吐息と共に、下り坂になった山道で歩みを止め呟いた。底冷えのする空気は変わらず、視界は良好であり気付くのが遅れたと空を仰ぐ。相変わらずどんよりと雲は鎮座して太陽を覆っている。振り返った先に太刀が居らず、同田貫は半目だった双眸を見開いた。
「オイ山伏、どこだ?」
 片方が切り立った崖であり、葉の落ちたとはいえ背の高い木々の中崖下を覗き込んでも闇が広がるのみで、暢気な声が背後から聞こえ振りむくと顔面に衝撃の後、白い闇に視界が沈んだ。
「後ろである」
「山へぶっ!」
「カカカ! ひっかかったな同田貫!」
 山道の向こう側は一面白で、半分程雪に埋もれながら山伏が笑っていた。こちとら心配したっていうのに、雪玉をこさえていたらしい。筋肉と握力で圧雪された雪玉を受けた顔で恨めし気に睨めば、太刀はまた笑っている。まるででかい図体したガキだ。
「いや、実は滑り落ちてしまったのである。そのまま奮闘していたら今度は下駄が食い込んでしまった」
「何やってんだよお前はよ」
「カカカ、修行不足であるな」
「何でも修行不足って言ってりゃ許されるもんじゃねぇぞ」
「然り然り! カカカ!」
 道の端に置かれていた籠に抱えていた木炭を放り、同田貫は手を伸ばした。
「ほら、掴まれ」
 山伏も腕を伸ばし、雪で冷えた掌とが触れる。存外強く引かれ、泥濘混じりの雪に足を取られてしまう。
「ぬおっ」
「うお……!」
 ごろごろと雪原を転がった。山伏の足は下駄が脱げ、痛々しく赤くなっていた。
「無様であるなぁ」
「お前それまたしもやけんなるぞ……」
「楽しいな、正国」
「あ?」
 雪の絨毯の上、手を繋いだまま視線を合わせる。はぁと空気の流れる色が見え、雪に埋もれ全身を白に染め上げ、唯一赤い宝石のような瞳が艶を帯び同田貫へ向けられていた。
「凄く寒い、凍えそうだ、刀で在った時は当たり前であった冷たさを、おぬしの手が溶かしてゆくようだ」
 強く握り返される手は酷く冷え切っていた。呼吸するたびにつんと冷えた空気が全身を研ぎ澄ませてゆく。澄んだ清浄な気が辺りに息巻いていた。
「国広」
「融けた雪はどこへゆくと思う? 川を流れ、木々を潤し、やがて海から空へ登ってまた山へ帰ってくるのだ」
 形が変わっても姿を変えようと、循環する。
「そう在りたいものだ、そうだろう正国?」
 震える手は熱が混じり合い、冷たく凍えていた。どこからか舞う六花が緋へ落ち、融け流れた。

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