打刀と太刀
政府からのあまりに唐突過ぎる報せは多くの審神者へ衝撃を走らせる結果となった。それはこの本丸においても違わない、筈だった。和泉守と大倶利伽羅、そしてこの同田貫の三振りは、太刀から打刀へと刀種が変更するという。それに伴い刀装の装備出来るものも変わる。「政府が言うには、元々は時代で刀種なんて変わるものなんだってさ」と、審神者はさして興味も無さそうだった。和泉守は堀川と共に池田屋へ行けると意気込んでいたし、大倶利伽羅は一人で戦うといつもの仏頂面で言うも開かれた宴に駆り出されていた。梅雨明けを祝い蛍を眺める会だとか言っていたがそれも酒豪らの口実だし、相も変わらず図体のでかい奴らは遠征続きを理由にクダを巻いている。
だから、半分程熟れた月夜で一人でいるという状況は、静寂を好む者にとっては至極当然であった。煩く笑う割に己から話す事はあまりなく聞き手に回る方が多いと気付いたのはもうずっと昔の気がした。軋む床板に、月明かりを受け微かに色艶の増した青碧が揺れた。薄く微笑む男は何も言わず、隣に腰を下ろす男をじいと見詰めていた。
「まだ宴の途中であろう?」
「半分くらいは潰れちまった、御手杵のヤローを放り込んでそのまま来た」
「災難だったな、次郎殿か」
「いーや、お前の兄弟だ」
あれは幼い顔立ちで笊であるからなぁ、と穏やかに笑う。夜目に黒々とした瞳は吸い込まれそうな色をして空を仰ぎ、つられ天を見上げた。丁度雲が月を隠し、一時の闇が満ちる。
「明日にゃ、俺ももっと夜目が利く様になる」
「兼サン殿は早速兄弟と投石の修練をし、大倶利伽羅殿も最後には混ざっておったな」
「なんつーか、器が変わるわけでも無いけどよ、唐突過ぎるよな」
「……そうであるな」
「俺は変わる気は無いぜ」
瞳を潜め向けられる相貌は近く、闇に在っても見えた。常々笑っているような奴の笑顔以外を見たのは、こんな闇の夜だったか。
「俺達は武器だ、戦の道具だ。長さがどうとかじゃない、斬る為に振るうもんだ」
「それはおぬしの本音か」
囁き手を握られる。大きな手に柔らかく包まれ、存外長い指が絡む。
「なんだ、俺が痩せ我慢してるってか」
「そうではない。拙僧は、夜目が利くからとおぬしが無茶をせぬか憂いておる」
「ガキか俺は?」
「正直に申そう。……おぬしとの共通の事柄を唐突に欠くのが我慢ならぬのだ」
思考が固まった。共通? 同じ太刀というだけの、それこそ些事じゃないか。
「お前は何を言ってんだ」
「斯様な言い方は……」
「俺は俺だ。最初から。お前がお前だったから惹かれたんだ、それだけだ」
ぶっきらぼうに言い放つ男の視線は真っ直ぐに、情人である太刀へ向いた。隠された月を宿した黄金は真摯さを帯び、射抜かれるまま、近付く傷痕の目立つ幼い顔を待ち構える。
「文句あっか」
にい、と意地の悪い笑み。嗚呼。この男は口数の少なく他に興味を示さない様でいて、その実その瞳に湛えた月の様に心情を容易に晒し出させてしまう。恐れていた、繋がれた手を放れる事を。隠していた、戦場で常に傍ら
に在った存在が変貌してしまう事を、関係の希薄化を。
「……あるぞ」
「なんだよ?」
近付き過ぎぼやけた顔を睨む。喉奥から愉しげに笑い、夜であっても汗ばむ肌に張り付いた黒の髪を掻き上げた、その仕草に匂い立つ色香を感じ、顔が上気する音すら聴こえる気がした。毒されている。麻薬の様に逃れる術を持たず、顎を取られ顔を背けるのも事前に妨げられてしまえば眩い月を見るしかなくなってしまう。
「おぬしは闇に紛れてしまう。拙僧それでは見失ってしまうぞ」
「付いてくる気かよ、今の俺の顔も分からねえ癖に」
「分かるわ、近過ぎるくらいである」
「……じゃあこうしよう」
力を入れず肩を押されれば、まるでそれが当然とでも言う様に躰を委ね、縁側に折り重なり身を寄せる。いつの間に晴れた月は遥か頭上で微かに地上を照らし、それよりもっと鮮烈な二つの月は弧を描き煌めいている。
「俺がお前の道を照らしてやろう。お前は俺に付いてくればいい」
「拙僧の方が練度が上であるぞ」
「関係無いな、夜は俺が上だ」
「……そうであろうか?」
「試してみるか?」
「遠慮いたす」
「そんじゃ、力づくで退かすんだな」
出来ぬと知っていて言う男の手が唇をなぞる。熱を孕んだ吐息が掛かり、舌舐めずりをし近付く相貌がぼやけていた。この男は変わらないのだろう。喩え出逢う時出逢う場所が違くても、本質が違わぬ限りこうして寄り添い合うのだろう。戦が終わるその時まで。そしてその終わりも、いずれ来る別れの時まで、笑いながら傍らに居るのだろう。双つの月が弧を描き、名を呼ばれ返事をする前に口を塞がれた。