鍛刀により本丸に参陣した己よりも大分後に、同じく鍛刀にて顕現した山伏という刀の事を、自らを美術品と揶揄した此の男を、審神者により近侍の座を賜り今や己より練度を上げ、此の戦場で隣に立つ男を。戦場の粟立つ殺気に黄金の双眸をぎらぎらと輝かせ、霧の晴れた様な高揚感に神経を研ぎ澄ませ索敵を続けながら。同田貫は山伏国広という太刀が確かに美術品であったと確信した。
「皆の者、平常心を保つのである。浮き足立っては、何も得られぬぞ」
低く良く通った声が凛と響く。皆其々に、斃すべき敵の殺気を探す。
同田貫はふと、膨れ上がる殺気を捉えた。隣だ。喉の奥が灼け付く様に熱い。視線だけを向けた同田貫は、愉しげに歪む双眸を、迸る鮮血に酷似した其れを見た。世界が静止した錯覚を起こす。己の内を流れる血潮の音すら聴こえ、沸々と煮え滾る。
山伏が、半身であり本体である刀を抜く。音も無くすらりと引かれる刀身は反りながら天に向かい、そして。
眼が、合う。
「……」
見せ付ける様に翻る彫物が陽の光を反射する。其処に、赤い舌が這わせられる。赤い、赤い、眼が、此方を見ている、赤い舌が、べろりと。足先まで電流が奔った様に痺れ、心の臓に突き付けられた此れは、嗚呼、此れは。
「……同田貫殿」
筋張った手が、指が、ひたりと頬を撫でる。
「斃すは拙僧ではないぞ」
囁く声は高揚で上擦る。
「斯様な殺気に当てられては敵わぬ」
「アンタ、」
「乱れるは拙僧の未熟故か? 教えてくれぬか、同田貫殿」
呼ばれた名が己の事と気付くのに随分掛かった気がした。
其の男は、斯くも器用に、薄い唇を歪ませた。夕暮に沈む光を鈍く反射し、弧を描き赤の双眸が細められる。引き攣れた左頬の疵が赤い。鋭い犬歯から覗く、赤い舌が。此れは血だ。此れは炎だ。此れは、此れは、あの日見た赤い花だ。
「同田貫」
驚く程小さな声が名を呼ぶ。戦場の張り詰めた空気が抜き身の刀身を拍ち、頭に鳴り響く。心音が煩くて何も聞こえない。煮え滾る血潮が隅々まで奔る。何かに当てられ、瞬きすら忘れる程。
此の刀は、嗚呼、此の男は。
「……」
酷く、美しいと、全身に打ち響いた。痞えていたモノが降りる気がした。確かに、美術品と呼ばれるに相応しく。否。
「違ェな」
久しく息をしていない気がした。掠れた情けない声はしかし相手に届いたか、緩く首を傾げられる。風に揺れる宝冠の陰に再び赤い炎を見、くつくつと喉を鳴らす。
美術品の価値など分からず必要も無い。刀は戦場で生き、戦場で死ぬ。人の身を得ようと其れは違わず、ただ己が本体を振るうか振るわれるかの違いしかない。
「アンタには此処が相応しい」
戦場に咲く赤き花と、己に似付かわしく無い事を考えた。秘めやかに愛でられ枯れ逝く庇護下の花なんかじゃない。例え惨たらしく手折られ道端に捨て置かれるであろうとも、誰の手も借りず咲き誇る名も知らぬ花の方が、ずっとずっと美しい。どうしようもなく手に入れたいと思った。知らず口角が上がる。疵痕が引き攣れるのが分かった。
「 」
自分でも驚く程、其の声は真摯であった。見上げる双眸が驚愕に見開かれる、戸惑い揺れる赤が、其れでも尚酷く美しい。